あいこであめりかよーろっぱ

2009/10/24

スタンフォード・ブリッジ

今ロンドン。出張中の平日は、なかなか会社メールがさばけなくて、大体週末にこなすことになる。今日も調べてまとめないと返事できない案件が溜まっていて、1日掛かっても終わらないなぁなんてつぶやきながら、朝からずっとそれに向かっていた。

昼をちょっと過ぎた先ほど、現地人の同僚から電話があり、サッカーのチケット取れたから行かない?とのお誘い。うわぁ、どうしよー。行ったらかなりやり残してしまうなぁ。

一瞬躊躇したものの、でも即決。ここは行くのだ!京都サンガファンであり、海外でサッカーが見られたらいいなと思いつつ、まだ一度も見たことはなかった。

誘ってくれた彼は以前から熱狂的なチェルシーファン。英国プレミアリーグ内だけでなく、欧州全体の中でも強豪のクラブチームだ。

今日の対戦相手はブラックバーン(知らんなぁ(笑))。まだ序盤戦だけどプレミアリーグでは、チェルシーの2位に対し13位とやや格下のようだ。

スタジアムは、チェルシーのホーム、スタンフォード・ブリッジ。サンガのホーム、西京極総合運動公園陸上競技場(いつも思うけど長いよ!)とは全然違うんだろうなぁ(苦笑)。応援スタイルの違いも楽しみ。キックオフはこちらの午後5時半から。後3時間ちょっと。行ってきまーす。

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2009/10/11

これから出張

今、伊丹空港へ向かう途中。今回はフランス、イギリス、アメリカ、カナダと巡る一周ツアー。関西空港発の便が満席で取れなくて、久しぶりに成田経由での出発。

このところ仕事に追われながら過ごしている感じ。人にせかされているわけではなく、自分の中から湧き出るものを汲み上げながらやれていると思えているので、全然苦痛とは感じていない。むしろ今のような「少し追われている感じ」というのは、ちょうどいい気持ちのハリが保ててて心地よくもある。やってもやらなくても変わらないと思えてしまう方がよほど辛い。

だけど、ここから少し上手に微調整することが必要になってくるんだろうな。ゲームはもう序盤戦とはいえないけれど、ゴールはまだまだ見えないはるか彼方。突っ走ることより、いい感じを保ちながら走れることが肝心。

適度に息抜きを入れながら、約ひと月のツアーをうまく乗り切ろう。

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2009/07/18

MacBook Proのその後

現地で買うと意気込んでいたMacBook Pro。カナダとアメリカで2回Apple Storeに足を運んだ。

カナダ(トロント)は税金が13%と高い。そのうちの5%は申請すれば還付できるそうだけど、それでもまだ割高感があり断念。アメリカも州によって異なり、サンフランシスコでは9.25%。これにリサイクル料として16ドルが追加される。加えてApple Storeの店員に聞いても、アメリカで買った本体を日本に持ち帰ってSnow Leopardへの優待アップグレードがで受けられるかどうか不明とのこと。

結局、現地で買ったぞ!という自己満足以外にあまりメリットが無く、おとなしく、日本に帰ってから買うことにした。ネットで注文。すぐカード会社から本人確認の電話が掛かってきた。ネットでのカードトラブルが多いからだそうだ。

到着が楽しみ。お盆休みのいいおもちゃになりそうです。

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2009/07/11

ロジャーズ・センター(旧スカイドーム)

P1050177_2

カナダではトロント・ブルージェイズ戦を観戦した。北米に行って隙あらば野球を見る(笑)。

P1050181_2 ←球場から見るCNタワー

球場は観光地で有名なCNタワーの横にあり、昔はスカイドームと呼んでいた。開閉式の屋根があり、福岡ドーム(ヤフードーム)建設の際参考にしたところ。命名権で数年前に今の名前に変名した。ロジャーズというのは通信会社の名前。

カナダではあんまり野球は人気が無い。一番はやっぱりアイスホッケー。野球は動きの少ない退屈なスポーツと思われている。そんなわけで入場料も高くなく、席はベンチ横でグラウンドから3列目という好位置ながら約50カナダドル(5千円弱)。外野の3階席は5ドルだった。アイスホッケーなら一番悪い席でも80ドルは下らず、それでも手に入りにくいらしい。

P1050184_2 ←選手がこんなに近くに見える。

交流戦中で、対戦相手はシンシナティ・レッズ。こちらもあまり人気球団ではなく、皆の関心度はそこそこ。だけどボクは昔の夢をかなえたようで嬉しかった。満足。

夢というのは前回この辺りに来た1997年のこと。初めてのカナダでCNタワーに上ったりとおのぼりさんしてた。そのときはちょうど試合が無かったけれど、眼下に見える球場で観戦したいなぁと思ったものだった。そのときはロジャー・クレメンスがブルージェイズにいて、彼のノボリが立っていたような。

このところ毎年1試合ずつメジャーの試合を観戦してるんだな。あまり意識していなかったけど、よく考えるとすごいことだ。
2005 ヤンキースタジアム(ニューヨーク・ヤンキース)
2006 シェイスタジアム(ニューヨーク・メッツ)
2007 エンジェルスタジアム(ロサンジェルス・エンジェルス)
2008 トロピカーナフィールド(タンパベイ・レイズ)
2009 ロジャーズセンター(トロント・ブルージェイズ)

特に去年はワールドシリーズを観戦。アメリカに出かけたときは、まだリーグ優勝を掛けて戦っており、レイズの出場は決まっていなかった。むしろ万年ビリのレイズより松坂のいるレッドソックスの方が有利との下馬評だった。それがたまたまタンパにいたら、レイズの方からやってきた、これはもう見るしかないっしょ、という感じだった。

結果は4勝1敗でフィリーズが優勝し、応援していたレイズは1勝しかできなかったわけだけど、それがボクが球場に応援にいった試合。応援に行ったから勝ったぞ!って言ってる(笑)。岩村は、チームからもファンからも愛されていて、打席に入ると、「アキ!、アキ!」と愛称での声援が起こっていた。今年の怪我はすごく残念。

メジャーでのイチローの試合も、一度見てみたいものだな。

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2009/07/03

即席サンフランシスコ観光

ボクは欧州便を中心にかなり飛行機には乗っている方だけれども、オーバーブッキングはそんなに経験はない。カナダの人に言わせてもアメリカの航空会社のは特にひどいそうだ。

稼働率を上げるために、キャンセルを見込んで多い目に仕込み、「たまたま」あふれた場合は都度対応しようということなのだろう。八百屋さんが野菜を何個仕入れておくかというサプライチェーンと基本的には同じ考え方だ。多く仕入れすぎると売れなかったら廃棄しないといけないし、少なすぎると欠品してしまう。アメリカの航空会社の場合は、想定する欠品率(品切れを起こす割合)の設定が大きすぎるのだ。

欠品率を低くして、いつも数%の空席を抱えて飛ぶよりも効率的という割り切りなのだろうけど、なんだか物扱いされているようにも感じる。サンフランから現地直行だったものが、シカゴ経由に振り返られ、そのどちらの便でも同じようにオーバーブッキングが発生していた。

よそのオーバーブッキング客が流れてきて玉突き現象が起こっている。怒っているお客への対応と、別便への振り替え作業で職員がてんてこ舞いしていた。シカゴ発便には出発時、46人もウェイティングリストに残っていた。

サンフランの空港での振り替え便は夜中の12時半。午前中に到着していて14時間近く空港で時間を潰すのは地獄だ。2人いた他の同行者はどちらもサンフランは初めてで、即席観光に連れて行くことにした。一応ガイド資格保有者だ(厳密には日本でのみ有効だけど)。

頼りは1996年に訪れた記憶のみ。ガイドブックも何にもなく、とりあえずダウンタウンへ。路線バスで約30分。一人4.5ドル。大体この辺かなというところで降りてしばらく散策。坂道を走る路面電車に乗り、よく写真に出る有名な曲がりくねった坂道(名前失念)を見、フィッシャーマンズ・ウォーフへ行き、ゴールデンゲートブリッジとアルカトラズ島を眺めながら、小えびのフライをほおばる。

フィッシャーマンズ・ウォーフには左利き用のグッズが売ってある店があったのを覚えていて、それが今でもあったのが個人的には嬉しかった。「Lefty’s」というお店で、左利き用のはさみなどが売っている。そこから派生してパロディ品も置いてあって見ていて楽しい。左方向に回る時計や、取っ手を右手で持つと吸い口のところに穴が開いていてうまく飲めないマグカップなど。もっともボクは右利きだけどカップはいつも左で持つけどね。

行き当たりばったりにしては一通りのポイントが網羅できて、満足してもらえたのではないだろうか。新米ガイドとしては十分に及第点(自己採点だけど)。

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2009/07/01

同行者が新型インフルに感染

トラブルの多いツアーだった。オーバーブッキングのため、往きの飛行機が乗り継げず、サンフランシスコで14時間足止めをくらった。ようやく到着した現地では、同行者の一人が展示品のコンポーネントの一つを落下して破損してしまった。冗談で「次は何だろう、この話のオチはきっと誰かが新型インフルに掛かるんだよ(笑)」と言っていたら、本当に感染者が出てしまった。

帰りの飛行機で喉が痛いなとは思っていたらしい。帰国して熱も出たので病院に行ったら、検査して半日後にあっさり新型インフルと認定されたそうだ。空港から病院、自宅しか移動せず、迅速に対応したので症状や周囲への影響は最小限だった。ひと月前だったらもっと大変だっただろうけど、周囲の過剰反応は沈静化しており、会社の処置は本人のみ1週間自宅療養、同時に帰国した同行者は変わらず出勤している。通常の季節性インフルと同様だ。

一人現地に残っているボクは、また毎朝の検温と報告の義務が増えた。でも約1週間行動を共にした人からの発生なので、もうテレビや新聞の他人事ではなくなった。感染元は不明。展示会だったので、どこから来たかわからない人がたくさんいるし、色んな人と握手した。たまたま彼だったというだけで、自分がなっていてもおかしくは無い。

その後カナダ・トロント(ここでボクは情報を知った)、またアメリカに戻ってニュージャージーとこなした後ようやく帰国便へ。今度は悪天候のためまた乗り継げず、サンフランシスコで1泊しなければいけなくなった。やれやれ。まだこの流れは続いているな。

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2009/06/13

MacBook Pro

これからアメリカ、カナダへの出張。

直前にインフルエンザの緊急度が6に引き上げられたのに、今回は全く出張には影響なし。前回騒ぎ過ぎた対応への反省でもあり、既に十分に対策されているという自信でもあり、もっと被害が拡大するまでは、すっかり過去のことになって健忘症になっているとも言える。

でもまだうかつに風邪も引けない状況には変わりはない。

先日新しいMacBookが発表された。性能が上がって価格が下がって凄く良くなってた。待った甲斐があった。新OSのSnow Leopardが9月にずれ込んだのは残念だったけど、これから購入するユーザーには優待アップグレードが提供されるし、さして大きな支障ではない。

ただ為替レートの関係で、カナダで買うと日本で買うよりかなり格安だったのに、新価格は上手にバランスされていた。これなら割引のある日本のお店で買うのとあまり変わらないな。カナダで買うぞと意気込んでたけど、帰ってきてから日本で買うことになるかもしれない。

ここ何年かはiTunesのビデオポッドキャストにアップルキーノートがアップされるのが待ち遠しい。コンサートのライブビデオを待つに似た心境だ。ワクワクする。スティーブが療養中で出てこれなくても、イチロー以外の選手もよく知ってるぜ的なマニア乗りで、むしろ面白がってる。新しいMacBook Pro、楽しみだぁ。

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2009/05/22

カナダ(しつこくインフルネタ)

スウェーデンの後に来週回る予定だったカナダ・トロントへの出張はしばらく延期することにした。現地からは大層がっかりされた。会社のやることだから想定はしていたけど、過剰反応しすぎだと。

カナダではもうほとんどこの話題はニュースで聞かなくなったし、死亡者はたった1人で、それに対し季節性インフルエンザでは毎年4千人の方がカナダでは亡くなっているのだと。

前回出張から帰国したときは、無事帰ってきたことを連絡するのがちょっと遅かっただけで、何で連絡しないんだと、しつこくフォローされた。出張期間中にも発熱等なく元気に過ごしているとちゃんと毎日連絡を入れていたのにも関わらず。

心配してくれるのはありがたいけど、実際は出張者リストの無事帰国欄が埋まることが本部にとって一番の関心事であって、身体が本当に大丈夫かはさして重要ではないんだというのが見え見えの対応だったな。

カナダへの出張は来月に再度設定する予定。その頃には状況が一通り見えてきて、対応が落ち着いていればいいな。今は過剰反応と知りつつ、でも万一自分が対象者になるとエライ目に合うから用心しているに過ぎない。

実際スウェーデンに行く前は、現地では十分に留意して行動するように、なんて言われていたのに、感染者2人のスウェーデンから、あっという間に300人の感染者を超えた日本に帰ってくるときは、帰ってきてからの方が用心してね、なんて言われる始末。

無理やり楽しい方に目を向けると、今MacBookを買おうかなと検討しているところ。来月には新OSのSnow Leopardがリリースされる予定。カナダでMacを買うと為替レートの関係で日本で買うより安く買える。そんなことでも考えながら、毎朝体温を測ることにしよう。

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2009/05/18

インフル騒動の中、また出張

今日からスウェーデン。この時期のスウェーデンはいいな。寒さで凍えることもないし、スパイクタイヤも無くて街中がクリーンですがすがしい。夜の10時でもまだ明るい。ただインフルエンザの関係で、準備が多くて面倒だ。

出張する場合は、うがい薬と抗インフルエンザ薬を会社が用意する、マスクと体温計は自分で用意する、というふうに当面のルールが決められた。ようやく花粉の季節が終わってマスクから卒業だと思っていたのに、また買わなければならない。体温計は持っていかれると家で何かあったときに困るからと、家族からのブーイングでもう一本買う羽目になった。出張中、毎朝体温を測らないといけない。う~。

会社からはタミフルが支給されるのかと思ったら、ストックがないので渡せませんとのこと。実態はこんなもんだ。しかもうがい薬はあまり効果がないかもとのこと。実際にはうがいよりもマメな手洗いの方が効果的なのだそうだ。

ということで、これらとは別に手洗い用のアルコール消毒剤を買ってみた。これは使えそう。ハンドソープのようなポンプ容器に入っていて、手にとって手もみしながらなじませる。指の股や爪の間を念入りに。アルコールだからそのうち勝手に蒸発する。洗面所に行く必要もないしタオルも要らない。普段から使えそうだ。

インフルエンザ菌はくしゃみ等の飛沫に含まれていて、空気感染はしない。その唾液を触った手で口を触ると粘膜細胞に入り込む、というのが主な感染経路らしい。仕組みさえ理解できれば、用心すべきところが分かるし、過度に恐れる不要はないのだ。

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2009/05/03

豚インフルエンザ

関空から帰ってきた。ドバイの後にまた、クウェートに行くことになった。先月納めた物件と同様のものが現地でうまく納められなかったようだ。何とかトラブルを収拾し帰国できることになった。豚インフルの警戒態勢がレベル5に上げられて、ものものしいことになっているだろうなと想像していたとの比べると、関空では割と落着いたものだったように感じる。

機内で3枚の健康に関する質問表を書かされて、空港の検疫では熱があるか、気分が悪くないかと尋ねられたけど、いわばそれだけ。会社では出張者は帰国後10日間は出社禁止にしようという噂が流れていた(噂に終わった)のを考えると、意外とあっさりしていた。

機内で隣に座っていた日本人の質問表を見ると、ケニア帰りと書いていた。確かに往きもアフリカへ行くのにドバイ経由で行く団体客が多かったような気がする。しかもケニアは今回の豚インフルには全く関係がないのに、何となく気になってしまうのは集団心理というものだろう。落着いて行動しましょうというのはこういうことを指しているに違いない。

本人はいたって健康で発熱等なく元気。しかしどう感染しているかは目に見えない敵なだけに油断できない。ウクライナではチェルノブイリ博物館を見学したけど、長崎の原爆資料館などででは、爆風でひん曲がった建物や火傷を負った人々が何も言わなくてもそれだけで悲惨さを訴ったえるものだけれども、キエフにあるチェルノブイリ博物館の場合は、本体の発電所が火事になった以外、目に見えない恐怖の本質的な悲惨さの言及に失敗しているように見えた。今回のインフルエンザ報道もそれに似ている。

発症には10日ほどを要するという。大丈夫と思いながらも、それまで(来週いっぱい)は何となく落着かない。

ちなみに豚インフルエンザというのは英語では"swine flu"と呼称されていた。swineという単語はあまりなじみがなく、「この豚野郎!」とかいうときの特殊な単語とおもっていたけれども、割と一般的な言葉だったんだな。

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2009/04/18

息子が制服で登校していた

3月中旬から始まっている旅は、まだ途中だけど今ちょっと帰国中。来週半ばにドバイに立つまでしばらく身体休め。日程は多少変更になっていて、4/20の週のアメリカが無くなって、その代わりにフランスと、ウクライナが追加されて、そのウクライナから帰ってきたところ。

3/16の週:クウェート
3/23の週:インドネシア(バリ島)
3/30の週:アメリカ
4/6の週:オランダ、フランス
4/13の週:ウクライナ
4/20の週:UAE(ドバイ)

この間にいろいろあった。ネタとしてはもうだいぶ古いのだろうけど、WBCでの日本優勝。クウェートでは朝の4時からインターネットにつないで、テキスト中継で経過をチェックしていた。

野球といえば、地元長崎の清峰高校が県勢として甲子園で初優勝。こんなことが起こったらいいなぁと思い続けていたことが、いつのまにか起こっていた。1試合もフォローできず、優勝できるかどうなのかというドキドキ感すらも味わえなかったのが残念。でもほんなこつ、よう頑張った。おめでとう!

その頃は下痢に苦しんでいた。バリ島での最終日にインドネシア調理を食べたら、これが辛いんだけどおいしくて、ふぅふぅと汗を吹きながら食べていたら、案の定お腹を下した。次のアメリカでもオランダでも、2週間くらいトイレがお友達の生活を送った。おかげ様でようやく治ってもう大丈夫。

追加になったフランスでは、モンペリエという町のお客さんのところで深夜作業。夕方5時までパリのお客さんのところで製品デモをして、その足で飛行機に乗り夜9時ごろモンペリエに到着。深夜2時過ぎまで復旧作業をし、2時半にホテルチェックイン。夕食無し。次の便のために朝5時半にチェックアウト。これで次の仕事に備える体力を結構消耗した。

ウクライナでは、現地のホスピタリティで夕食に付き合ってくれる。面倒くさいなぁと思うときもあり。特に体調があまりよくないとき。ほっといてくれた方が気が楽なときもあるよね。夕食では当然ウォッカ、ウォッカ。でも何回か飲んでいるとペースが大体分かってきた。浴びるほど飲むことを目的にした宴会で無い限り、おおよそボトル1本を3~4人で飲み干すぐらいのペースだった。これなら何とかいける。エンドレスではなかった。

帰ってくると息子が中学に制服で通っていた。この春から中学生。早いものだな。小学校の卒業式には出席したし、バリ島旅行は卒業祝いの意味合いもあったので、頭では分かっていたけど、実際に見ると一気にお兄さんになったような感覚だ。納得のいく学校生活が送れますように。

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2009/03/14

花粉症の季節

すっかり花粉症の季節。今年はきついのか、身の回りで今年から花粉症の症状が出ましたという人が何人かいて、ざまあみろだと思う(笑)。

「今年はきついのか…」なんて、何となく他人事なのは、世間的にきつかろうがきつくなかろうが同じように発症してしまうからなのだ。2年前に行きつけの耳鼻科が閉鎖してから、市販薬でしのいでいるけど、今飲んでいる薬はもひとつ合ってないみたい。鼻水は止まるけれど、スッとは抜けないし、頭もボーッとする。次は違う薬にトライしてみよう。

それでも、以前と比べると症状は軽くなってきてるのかなという気がしないでもない。昔は鼻水がボタボタ落ちて、書いてる図面が汚れないようするのが大変だったのに、今はそこまでではない。そうなる前に薬を飲んだり、帰宅したら風呂やシャワーで花粉を落とすなど、年の功で経験的な予防ができているからかもしれない。

そんな苦労をしなくても、国外脱出するとピタッと止まる。この時期の出張はかなり嬉しい。加えて今年は下の子が小学校を卒業するので、それに引っ掛けて春休みはバリ島に家族旅行を計画中。インドネシアは初めて。それも含めて来週からしばらくツアーが始まる。しんどいけど花粉症のことを考えると幸運な方なのかもしれない。

3/16の週:クウェート
3/23の週:インドネシア(バリ島)
3/30の週:アメリカ
4/6の週:オランダ
4/20の週:再度アメリカ
4/27の週:UAE(ドバイ)

それが終わって、疲れた~とか言いながら、ゴールデンウィークをボーッと過ごすと、ボクの花粉のシーズンもおしまいというあんばい。なんてうまく行けばいいな。

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2009/02/28

夢から醒めた夢

劇団四季のミュージカル「夢から醒めた夢」を家族で観劇した。面白かった。ミュージカルや演劇には興味はあったんだけど、なかなか行き出せず、京都駅ビル内という好立地にもかかわらず、京都劇場に足を運んだのは初めてだった。

見てみたいなとずっと気にはなっていた。海外での出張先では、ミュージカルの劇場とその大きな広告がよく目につく。現地の皆さんは、ボクが思っているよりもっと気軽に通っているように見える。なじみのないボクは、「Mama Mia」とか、国が違っても同じ演目をやっているんだなってところがちょっと不思議だったりした。

それで去年の夏に、大阪劇場での「オペラ座の怪人」のチケットを購入してみた。残念ながら出張でボクは行けず家族だけで行ったということがあって、今回はそのリベンジ(笑)でもあった。

それにインスパイアされたというわけではないだろうけど、娘が秋の文化祭で「夢から醒めた夢」を演じた。それと同じ演目(の本物!)があるというので、これは見てみたいなという気持ちが出てきたというのもある。

実際に見てみて、すごくよかった。舞台が始まる前から、ロビーで道化の人たちがパフォーマンスをしていて、子供たちを喜ばせていた。舞台ではさすがプロ、歌うまいなぁ、みんな。一方で文化祭の演技も、よく頑張ってやっていたんだなっと感心もした。

何よりナマ感、ライブ感がいい。最近はメールや携帯なんかの電子コミュニケーションが発達して、すぐにつながる便利さはあるものの、情報があふれてインパクトが少なく思えるときもある。

印象に残すためには、よりインパクトのあるメッセージを伝えるか、あるいはアナログ感やリアルなコンタクト、ライブ感なんだと思う。

目の前で演じていて、何か失敗するかもしれない。もちろんプロだからそんなことはないんだけど、仮に何かハプニングがあったとしても、それはそれで印象に残っただろう。

時々でいい。これからもプロのライブ感を味わうことができるといいな。

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2009/02/15

ベルリンのおみやげ

P1040702 アムステルダムから移動したベルリンで面白いおみやげを発見。旧東ドイツ時代の信号機のマークだそうで、今人気らしい。

東西合併した後は、旧東ドイツのものは原則廃止、旧西ドイツの信号のデザインに統一されたけれども、かわいいということで、ベルリンでは新規の信号にも一部このデザインが使われているらしい。

残念ながら、行動範囲の中ではこのデザインの信号は見かけることはできなかったけれど、なんとなくユルいキャラで、これがかわいらしいと思うのは日本だけでないんだと思えると何とも微笑ましい感じがする。

写真はマグネットでくっつくアクセサリで、この他にもこのデザインの入ったバッグだとか、コースターとかスポンジとか色々あった。このマグネットも1個約6ユーロで、ちょっと前なら千円、結構いい商売してるんだな。

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2008/11/03

西宮国際ハーフマラソン

走ってきました。いやー、いい天気で、若干暑かった。そのせいでもないんだろうけど、後半伸びなかったな。正式なタイムは後日郵送されるそうだけど、手元の時計では42分48秒。前半5kmを20分52秒、後半を21分56秒と後半が遅くなってしまって、やや不満の残るタイムではあるけれど、出張帰りで、しかも風邪薬を飲んでいたことを考えるとよくやった方かな。

出発は甲子園球場横。球場はリニューアル工事中で囲いに覆われていた。ゴールは武庫川の河川敷で、先日行われた駅伝大会の川の対岸だった。荷物はスタートで預けて、トラックでゴールまで運んでくれる。

参加者が今年は5千人を越えたとかで、スタートしてもなかなか前に進めない。2kmを過ぎた辺りで人がバラけて、ようやく自分のペースで走れるようになった。でもこれは前半飛ばし過ぎないためにはいいことだと思いながら走れた。

2kmというのは、大体の位置を事前に地図で確認していたもので、実際にコースに距離が表示されていたのは、5kmと9km地点のみ。ラップを見ると、最初の2kmをおおよそキロ4分半ペース、前半残り3kmを4分ペース、続く後半4kmを4分半ペースと遅くなり、残り1kmを約4分で走っている。

前半5kmまではいいペースで、疲れもそんなにない、ラストスパートもいけるんじゃないかと思いながら走っていた。だけど後半に入って武庫川に沿って堤防を走っていると、段々身体が重たくなってきた。1キロ半近く風景が変わらず距離の表示もなく、眼前の目標が見つけにくかったのかもしれない。

思うようにいかなかったなと反省しながらも、レース後ラップを確認して、まだ見所があるなと自分で思えたのは、最後の1kmを3分59秒とタイムを戻しているところ。9km地点では、スパートへシフトチェンジをしたような記憶がないので、7~8km辺りが一番苦しくてペースが遅く、残り2kmくらいから足は進まないながらも何とかしようとしていたんだろうな。

たった10kmの中にも、自分の中で色々とドラマが起こる。クレバーでないとやっていけないな。がむしゃらに突っ走るだけでは、最初は速く走れてもすぐにバテる。瞬間瞬間で自分のその時のペースで走るのが一番楽で心地いい。このくらいのタイムで走りたいと思えば周到なさじ加減が必要になる。気合で何とかなると言うつもりは毛頭ないけれど、メンタルな要素が確実に大きく関わっている。人生に似ていると言えば話を広げすぎか。

これまではあまり目標を持たず、それでもこれくらい走れるんだという歓びを感じてきた。来年はこれをハーフマラソンにも展開していけたらいいな。それに加えて、後半バテないように走るにはどうしたらいいのかなというような、考えて計算するさじ加減の部分も楽しんでみたい。

また明日から出張。走ってる合間に出張というか、出張の合間に走ってるというか。それでも今年は1月、2月、そして9月、10月と、10カ月のうち4カ月走り込んだ。大人になって初めてのことだ。今月は走るのをお休みしてしっかり休養を取って、また来年にでも再開できますように。できれば歳を取っても走っているおじいちゃんになれたらいいな。

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2008/10/31

関西空港のシャワー施設

駅伝の後、濡れたTシャツをバッグに入れて関西空港へ向かう。空港の案内で聞くとシャワー施設が2つあるそうだ。いつも通ってるところなのに、気にしないと知らないものだなぁ。

Kanku Lounge内シャワールーム:15分500円
リフレッシュルーム(国際線出国審査後。国際線ゲートエリア中央):30分600円

いつもならちょっと高いと感じる値段だろうけど、駅伝を走った直後のベタベタ感のまま10数時間も機内にいるのは耐えられず、背に腹は変えられない。ゲートに向かうまでの残り時間を把握しながら余裕を持って浴びたくて、諸手続きが済んだ出国審査後の600円の方を選んだ。

シャワールームは4つあり、それぞれ4畳半くらいのスペースか。入り口、洗面所、シャワー室から成っている。部屋の中は清潔で、鍵を掛けて個室のようにできる。石鹸、シャンプー、ドライヤー完備。30分というのもそれほど厳密ではなく、だいたい30分くらいという管理。気持ちが良かった。これからも機会があったら使えるなぁ。

残念ながら、機内で鼻がグスグスしだして、風邪のような症状になって3日ぐらい調子が悪かった。やっぱり無理をしていたのかなぁ。汗をかいたままにしていたら、もっとひどいことになっていたに違いない。出張中も走るつもりでいたけど、ほとんど走れずじまいだった。11/2の大会までもう少しなのに、大丈夫かなぁ。

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2008/10/24

4-2レイズ勝利!

4-2レイズ勝利!

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ワールドシリーズ!

ワールドシリーズ!

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2008/10/18

明日からアメリカ

結局、駅伝と出張が重なってしまった。不幸中の幸いで夕方便での出発なので、午前中大阪で駅伝を走って、1時半頃に新大阪駅に着けば、そこから関西空港までなんとか間に合う。汗臭く疲れ切って空港をうろうろしている人がいたら、それが私です。

週の頭に2回ほど5kmを走ってみたら、2回とも後半しんどくなって失速してしまった。それがやや不安だな。毎回本番前には自分に言い聞かせることであるけれど、出だしは抑え気味で後半に余力を残す走りをしよう。5秒10秒が惜しいばかりに焦ってしまって、後半バテて30秒単位でロスするようなことがあれば全く意味が無くなってしまう。

来週後半はフロリダのタンパにいる予定。メジャーリーグで活躍している岩村選手が所属しているタンパベイ・レイズがあるあのタンパ。万年最下位だったチームが今年は勢いがあって、明日にもリーグチャンピオンになる可能性がある。

調べると今年は、1、2戦目を現地時間10月22日、23日にア・リーグのチャンピオンチーム(レイズかレッドソックス)の地元で開催することになっているみたい。うわぁ、23日はタンパにいるなぁ。

相手がレッドソックスなので侮れないけれど、滞在中にタンパでワールドシリーズが開催なんてところに遭遇できたらいいなぁ。

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2008/09/20

また少し走ろう

試験が一段落すると、やりたいけどしばらくちょっと横に置いておこう、と思っていたことをこなしたくなる。例えば、たまっているビデオだとか、読みたかった本とか。

本はネルソン・マンデラの「自由への長い道」を今読んでいるところ。5月に南アフリカのロベン島を訪れた後に読み始めたんだけど、上下巻あって、一冊が500ページ弱もあるので、上巻で止まっていた。一番読みたかったロベン島での投獄生活のくだりは下巻に出てくるので、上巻は進みが遅かったんだよね。下巻は上巻での背景知識が入っているので、割と順調に進んでいる。

ゆっくりしたいところなんだけど、そんなことをしてるので、あれもこれもしたいと実は気ぜわしい。いつもは日々の出来事(フロー)に追われて、たまっているもの(ストック)に手をつける余裕がない。手をつけなくても済んでいるということはやらなくても問題ないとも言えるんだけど、ここは逆にストックをさばく余裕が今はあるんだということにして、それに感謝しながら。

もう一つ、体も少し動かしたくなってくる。2月に走って、そこでストップしていたけどまた少し走ろう。モチベーション維持のため、10月末ぐらいにどこかのロードレースにエントリーしようかな。前回は10kmを42分04秒だったので、頑張れば40分を切れないだろうかと甘い期待。大変だろうけど…。それがクリアできたら何年か先にはハーフとか、30kmとかフルマラソンなんかに挑戦できたりしないだろうか。

「10キロロードレース」という名前には、どうも中途半端な響きがある。10キロならではの大変さがあるのに、よく知らない人には「フルマラソンのたった4分の1だろ」としか捕えられていないのではないか。だからこれから自分の中ではこう呼ぶことにする。

「男子1万メートル走出場!」

こっちの方が何かたくさん走ってるような気がしませんか…?

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2008/08/25

観光客に群がる蚊のような存在

ブルーモスクの周りには、トプカピ宮殿、アヤ・ソフィア、地下宮殿、グラン・バザールなど観光の見所が集中していて、訪れるには便利なんだけど、観光客に群がる商売の人もたくさんいる。結構これがうっとうしい。

この辺りを歩いていると、現地人から日本語(しかも割と流暢な)で話しかけられることが多い。そういう人がいるということは日本人向けのマーケットがあるということだろうけど、話しかけられる時点で既に何となく気分が悪い。

話の内容は「いつから来たんですか?」「日本のどこから来たんですか」ということから始まって、断らないと15分ぐらいずっと付きまとってくる。目的は詰 まるところ「車で案内しましょうか」とか「買い物するならお店を紹介しましょうか」という類のもの。振り切ってもしばらくするとまた別のが同じ内容で話し 掛けてくる。

「ニイハオ」とか言われると速攻無視できるんだけど、「こんにちは~」と来て無視していると、「日本人はいつから挨拶しなくなったんでしょうねー、挨拶ぐらいしてもいいんじゃないでしょうかなねぇ」なんて逆ギレする輩までいるから太刀が悪い。

長崎、京都と観光地で育ったせいか、いい面と同時に、その裏側も透けて見える気がして、以前はあまり観光地へ出向くのに積極的ではなかった。自国の素晴らし い文化を発信して、各地から人が集まって素晴らしさを堪能し、また伝え広がっていく。そういったことに意義を認められるようになって以前のような頑なさが薄らいできたけど、やっぱり観光客に群がる蚊のような存在を見かけると幻滅するよなぁ。

むしり取ろうとするのではなくて、サポートできる側の人になりたいな。

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2008/08/23

ブルーモスク

今回イスタンブールは3回目で、3回ともブルーモスクに足を運んでいる。やっぱりあの雰囲気が好きなんだろうな。年若い青年が熱心にお祈りをしている。額を床につけたり立ったりしてお祈りをしている。これを何回程繰り返すのだろうか。30分は続けているようだ。

一体何を願っているのだろうかと想像してみたくなるけど、案外具体的には特に無いのかもしれない。日本でもお仏壇や神社で手を合わせるときには、試験合格とか恋愛成就とか特別な何かがある以外には、割と漠然としているものだ。あえていえば家内安全だったり先祖供養だったりと、言葉は見つけられるけど、平穏な気持ちで何か大いなるものと繋がっているような、守られているような感覚を体験している行為のように思える。

日本人は無宗教なんですねと外国人から言われたり、我々は無宗教なんですと自ら名乗ってしまう日本人もいるけれど、決してそんなことはない。身近になりすぎて敢えて意識していない場合も多い。神社で手を合わせているところを、「何をお祈りしているの?お祈りしたら叶うの?」なんて外国人から聞かれても、とっさには上手く答えられないのは当たり前すぎる行為になっているからだ。

トルコなんて他のイスラムの世界からすると、全然戒律に厳格ではないし、政教分離だし、一般の生活で宗教臭さを感じることは少ない。でもそれでもたくさんの寺院が存在し、若い人も含めて、そこに足を運んでいる人たちを傍から見ていると熱心だなと思える。日本も案外そんな感じなのかもしれない。

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2008/08/21

ルメリ・ヒサル

P1040295 3年前もルメリ・ヒサルに訪れたけど、もう一度行ってみたかった。城壁の険しい階段を手すりも無しに歩いているおばさんの気持ちになってみたかったのだ。

そのときはなんですぐに行かなかったのだろうと不思議だったんだけど、今回行ってみて思い出した。敷地内の左半分から見学を始めて、そのアップダウンの激しさにヘバってしまって、右側にある城壁まで辿りつかなかったんだった。今回途中でシンドくなり始めて、思い出した。気力を振り絞って(笑)、右半分へ。今回は到達。

P1040307 下から見ると上の写真だったんだけど、上から見下ろすと左のような感じ。やはり結構な急勾配。突風が吹いたら一貫の終わりだ。

ルメリ・ヒサルは文化的な遺産の価値というより、フィールドアスレチックのような、自分の身は自分でしか守れない、という根本を再認識できるという別の意味で面白く大好きだ。

ウチヒサルでもそうだったように、断崖絶壁なのに特に手すりや柵なんかありゃしない。怪我などしても無用心をどがめられるだけだ。そんな無用心な!と憤る気持ちが強いようであれば、日本的な過保護に慣らされてしまっているかもと自問してみてもいいのかもしれないな。

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2008/08/19

カッパドキア2

自然景観という意味からすると、ウチヒサルとチャウシンはすごくよかった。どちらも360度の大パノラマで広大なスケールが一望できる。

Img_0494_2 ←ウチヒサル。トルコの国旗が立っている頂上まで上ることができる。頂上には柵などなく、うかうかしていられない。でも小さな子連れでも来ており、しっかりケアしていれば大丈夫。




P1040267 チャウシンは、キリスト教徒らが初期の頃に住み着いた民家で、崖に住居が掘られている。しかし以前崩落してそれ以来人は住んでおらず廃墟のようになっている。ガイドブックにもあまり詳しくは紹介されていなかったので期待していなかったけど、その民家の崖を通り過ぎて頂上まで行くと、大パノラマが現れて大いに感動した。


P1040218 人間がカッパドキアに住み始めた頃は、「お前、どのキノコにする?」「じゃこっちのキノコ岩を俺んちにするわ」みたいなノリだったに違いない。よく見るとそれぞれの岩に入り口の穴があり、中が住居になっている。

そのころから割と空間に対する所有の意識って強かったのかな?家を建てるのに資材を運び込む必要がなく、ノミと根気があれば自分だけの空間ができる。ギョレメ野外博物館には何十もの教会が隣接して残っているのは、町内会の集会所のように(笑)、いつくかのグループがそれぞれの教会を持っていたからでないかな、という意見に同意。

もう一つ、人がここを住処にするようになった理由は、固くない岩盤で掘りやすかったからだ。今は特に大きな規制なく、これら岩に立ち入ることが出来るけど、大勢の人が踏みしめるだけで岩が削られていく。多分日本だったらとっくに保護目的で立ち入り禁止になっているだろうな。ここも近い将来、そのようになっていくんだろうな。

Img_0522
今にも頭が落ちそうなキノコ岩。

Img_0521_2
一番左は、過去に頭が落ちたに違いない。

P1000648_2
キノコ岩になる過程の層。風雨の浸食によって固い層が残り柔らかい層が細ってキノコのようになっていく。

P1000649
これはきのこが2本に分かれた過程が分かりやすいかも。股のところに水が流れて削っていったに違いない。これと似たようなことが大規模に起こって奇岩の群れができた…。

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2008/08/17

カッパドキア

Img_0516 直前のバタバタと現地でのネット環境が悪くてなかなかこちらへ向かえなかった。トルコ・イスタンブールへ行っていた。イスタンブールだけでも見所がたくさんあるので、1日フリーな時間があると、これまでだとボスポラズ海峡やブルーモスクなどで過ごしていたんだけど、今回は少し足を伸ばして、カッパドキアへ日帰りしてきた。これは素晴らしかった。

よくある観光地では、目玉はそれだけしかなくて、それ以外は全く何もないか、お土産屋さんだらけでむしろ興ざめだったりするところもある。でもここは別。見渡す限りどこを切り取っても広大な絶景が広がっている。よく写真で見る奇岩はほんのその一部で、その他にも、「十分すごいんじゃないの?」という名も無きキノコ岩たちがあちこちにゴロゴロしている。

P1040211 行ってみようと前日に決めたので、そこから往復の飛行機を予約して、後は何でも現地に行ってからだった。イスタンブールからカイセリ(Kayseri)空港まで飛び、そこからがなかなか不便。空港から市内のオトガル(バスターミナル)までタクシーで行き(約15分)、そこからカッパドキアまでバスで約1時間掛かる。朝11時にカッパドキアのユルギュップという街に着き、夕方5時半のバスでまた帰らなければならない。約6時間の滞在時間。ユルギュップのオトガルにいたタクシーと話をして1日チャーターすることにした。

最初は、観光スポットごとに降りて、また別のタクシーを拾えばいいかなとも考えていたけど、チャーターしてよかった。タクシーなんて都合よく色んな所に待っていない。そんなことしてたら限られた時間の大半をタクシー待ちで過ごすところだった。見ているとツアーの観光バスで回っている人たちがほとんど。タクシーの運転手にとってみれば、パノラマポイントで客待ちをしていても仕事にはならないのだろう。多分中途半端な所で降りようとしても、タクシーなんて来ませんよ~なんて言われて、結局は同じタクシーに乗り続けることになるのかな?

ということでユルギュップを基点にして8カ所ぐらい観光地点を回ってきた。ガイドブックなどを見ると、カッパドキアは広大なので1日に回れるのは3つ4つが限度、と書いてあるものもある。それからすると結構頑張って見て回れた方なのかな。

それでもまだどれかを落とさねばならず、地下都市には行けなかった。カッパドキアには、キリスト教徒が迫害から逃れるため地下に掘った地下都市がいくつかある。最近でも新しいのが次々見つかっている。時間に余裕があれば行きたかったけど、自然景観にまず魅かれて来たので、人間の掘った穴蔵巡りに限られた時間を浪費したくなかった。

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2008/07/26

暑い!

暑い!本当に暑いなぁ。暑さには強い方だと思っていたけど、年々弱くなっている。今年のヨーロッパはすごく涼しくて、滞在中はどこも雨だったり肌寒かったりで、6カ国移動した中で、バルセロナまで南下してようやく暖かいかなーと感じる程度。オランダで半そでで夕食に出掛かけた日は、寒くてかなり後悔した。7月なのに。

ほんのちょっとだけ日本を離れていただけのつもりだったのに、戻ってきたら気候も人もすっかり夏全開モードに変わっていた。セミがウヮーンと唸っているし、街行く人の服装は肌の露出の大きいものになっている。何の準備もなしに別世界へ飛び込んでしまった感じ。外国人が日本の夏は暑くて湿度が高くて大変だというのを聞くにつれ、「なんだ、だらしがないな」と思っていたけど、こんな気持ちだったのかな。ちょっとだけ分かった。

京都は連日37度を超えている。うちは寝る部屋にエアコンがないので、夜はかなり寝苦しい。しかも無風のときが多く、熱気が淀んでいるように感じる。扇風機をかけるだけでも随分救われる。夜エアコンがないと生きていけないというほどまでは思っておらず、そういう意味ではまだ許容範囲だと感じているのかなぁ。

明日は、朝6時から早朝野球チームでの試合、昼12時半から会社の野球チームでの試合。好きとは言えよーやるナー、大丈夫かなぁ(苦笑)。

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2008/07/13

iPhone発売日はスイス、ローザンヌ

P1040087日本ではiPhone発売日はすごかったんだろうな。その日は、スイスの山奥で指をくわえて、その光景を想像するしかなかった。

山奥といっても、ジュネーブの隣りのローザンヌという街で、ジュネーブから電車で30分ぐらいで行ける距離にあり、それなりの規模の都市なんだけど、レマン湖のほとりで風光明媚なところなので、ついすごい田舎にいるような錯覚をしてしまう。都会と自然が上手い具合に隣接していていいな。

「こんなところに会社があってお仕事ができて羨ましいですね」というようなことを言うと、日本だと、やや皮肉みたいに取られて、まず「いえいえ、田舎ですから」とか「不便なんですよ」というご挨拶が返ってくることが容易に想像できる。だけどこの会社の人たちは、「そうなんです、その環境を求めてここに会社を構えたのです」なーんてことが、すっと出てくる。日本で同じ言葉を聞いたとしても、ちょっと不自然に気負って聞こえてしまうだろうなぁ。

P1040086 そのスイスでもiPhoneが発売されるらしい。地元の新聞も特集してiPhoneで出来ることを紹介している。7/10の新聞なんだけど「いよいよ登場!」みたいな感じなのかな?お姉さんの腕の突き出し具合から。

キャリアはswisscomのようで、この会社はスイスだけでなく、オランダとか近隣の国のホテルからネットアクセスするときによくお世話になっている。記事に載っている価格は、読めないので推測なんだけど、99スイスフラン、24カ月のような文字が見えるので、やはりスイスでも月1万円以上の支払いになるようだ(1スイスフラン=104円程度)。

ローザンヌでは分からなかったけど、ジュネーブとかチューリッヒの若者達も、同じように列を成して先を競ったんだろうなぁ。

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2008/07/08

これから欧州へ出張

今日から2週間ほどヨーロッパへ出張。重たくなるけど日本の歴史の本を持っていこう。寝る前にバッチリ読むノダ。

それから7/11発売のiPhoneも。結局その日には買えなくなってしまった。買おうかどうしようか迷っていたので、とりあえず結論先延ばし。持ってみたい気持ちは大いにあるんだけど、その虚栄心のために、これから2年間で20万円以上の出費はかなり痛い。出張から戻ってきたとき、日本中のiPhone狂想曲はどうなっているだろうか……。

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2008/06/15

これからアメリカ

人類の悠久の歴史や大自然を感じさせた南アフリカから、今度はある意味その対局にあるオバカの極致、アメリカ・ラスベガスへ行ってきます。

今回は一週間強の短い出張で、グランドキャニオンまでは足を伸ばすことができないな。ラスベガスはこれで4回目になるけど、街全体の何もかもが超人工的なハリボテで、そればっかりだと大自然なものや人間臭いものでバランスを取りたくなる。

サン族、コイコイ族の暮らしぶりとか5万年前にアフリカを出た現世人類はどんな動機を持っていたんだろうなんて思いをはせていたいヨ。ということで、今回の旅のお供の本は「5万年前」とネルソン・マンデラの「自由への長い道」に決定。まだやや南アフリカを引きずりながら…。

ではこれから出発。行って来ま〜す。

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2008/06/02

ロベン島

P1030785ロベン島は南アフリカで最初の 世界遺産のひとつで、1999年に登録。植民地時代から流刑島として使われ、特に20世紀後半はネルソン・マンデラ氏など人種隔離政策に反対する政治犯を収容する監獄だった。その負の記憶を忘れないようにするための登録であり、今は観光客が訪れることができる博物館になっている。

P1030750 島はケープタウンの一番近いところから7km程度しか離れていない平たい小島で、ケープタウンから目視できる。フェリーで約30分。波が高くて脱獄できないと言われていただけあって、かなりフェリーが揺れる。就航したばかりの高速の新型フェリーだからラッキーだと言われたけれども、酔いそうになる前にフェリーでは寝て過ごした。

P1030779 P1030782ネルソン・マンデラが収監されていた独房は左端から4番目の部屋で、うろ覚えだけど「この窓から見える空だけが希望だった」というようなことを言っていたような記憶がある。窓の外は中庭になっていてその向こうにも塀がある。空なんて窓の上半分しか見えない。

P1030767 島内はルートが決まっていて勝手にうろうろすることはできない。案内してくれるガイドさんは、実際自分もそこで捕らえたれていた黒人の方で、説明には熱がこもっていて真に迫っている。適任だと思うのだけど、内心ではやはり、以前自分が苦悩を味わった所を今はなりわいにしていることに複雑な気持ちも持っているそうだ。

ボクは周りからは世界遺産マニアということになっているらしい(笑)。これは世界各地の世界遺産を見て回ったことがあるという意味ではなくて、TBSの「THE世界遺産」の録画をいつも出張に持っていっており、時差の関係で眠れないときなんかに、ゆったりと流れる番組構成を、眠気を誘ういいBGM代わりにしている。「眠れないときは「世界遺産」を見て過ごしました」という会話が多いらしく、そういうことになったようだ。

ちなみにテーブルマウンテンや喜望峰は単独では世界遺産ではなく、テーブルマウンテンからケープ半島の広域にわたる多様な植生群を、ケープ植物区系地方の保護区群として2004年に登録されている(やはりマニアなのか?(笑))。

P1030781 ロベン島もそういったことがひとつのきっかけとなって訪れたのだけど、決して楽しいものではない。実際フェリーの揺れも相まってツアーが終わった後は結構気持ちがドンヨリした。上でちょっとだけおちゃらけたのは少しバランスを取りたくなったのかもしれない。楽しいことばかりではなく、独りよがりにならないように負の側面もしっかり受け止めていかなければならない……。

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2008/06/01

テーブルマウンテン

P1030794 ケープタウンといえば、言わずと知れたテーブルマウンテン。割と海岸近いところから急斜面がせりあがっていて、その間に都市が出来て周囲に広がっていったようだ。だからケープタウンにいれば、わざわざ出掛けなくても誰でもテーブルマウンテンを眺めることができる。

とはいえ頂上からの景色も素晴らしいとのことなので、ロープウェーで頂上まで上ってみることにした。山の中腹にあるロープウェーの乗り場には、客待ちのタクシーや観光バスが既にすごい列を成していた。

P1030796 ←ロープウェー乗り場

乗り場をかなり行き過ぎたところにスペースを見つけて車を止め、切符を買おうとすると、なんとロープウェーが故障して運転再開の目途が立たないとのこと。しばらく粘ってみたけれどまるで進展がなく、切符を買ってロープウェーの列に並んでいた人たちもぞろぞろ戻ってきて返金処理を始めだした。ついてないナ。

諦めて車まで戻って振り返ると、あれっ?ロープウェーが動いてる!慌てて切符売り場まで戻ってみると、それは頂上の人たちを下ろすために、一時的にバックアップシステムで稼動しているもので、故障原因はまだ分からないとのこと。なーんだ。結局、車までの1往復を無駄に歩いただけだった。

P1030797_3 徒歩でも登れるそうだが、入山許可が必要で片道3時間以上掛かる。案内してくれた現地の人が以前子供と登ったときは、迷ってしまって5時間以上経っても頂上への道が見つからず、捜索隊が出動したことがあるとのこと。日暮れ近くに頂上に無事到着したときは、上にいた人全員が自分たちのことを知っており、すごく恥ずかしかったと言っていた。ただしそのとき頂上から見えた夕日は、安堵感も手伝ってか最高に美しいものだったそうだ。

P1030795_3 ボクたちは頂上まで上がれなかったとはいえ、この中腹からの眺めも十分素晴らしかった。すぐ横にあるライオンヘッドや市街地の眺望を堪能できた。

←ライオンヘッド(とんがっている山)。右側の丘(シグナルヒル)が尻尾側でライオンが伏している姿に見える。

P1030845 ちなみに空港から見たテーブルマウンテンは左の写真のように人の寝姿に見える。頭を右にして眉と鼻とちょっと低いアゴを持つ顔、阿蘇の寝観音のように手を胸の前に組んでいるようにも見える。よく見るテーブルマウンテンの写真は、ほとんど海側のスポットから撮影されている。空港に着いた観光客に「あれがテーブルマウンテンです」と紹介すると、「あんなのテーブルマウンテンじゃなぁーい!」と嘆かれるそうだ。

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2008/05/31

喜望峰(ケープタウン)

Photo 喜望峰。響きにロマンがあるなぁ。大航海時代!って感じ。バスコ・ダ・ガマとか。学校で習ったときは「へー、漢字なんだぁ」って思ってた。外国なのに(笑)。「『太平洋』はマゼランが名づけました」のときも同じように思った。アホだったな。

アフリカ大陸の南端と勘違いされるけど、実際の最南端はアガラス岬で、喜望峰はその西海岸に突き出たケープ半島にある(喜望峰の地図)。でもまぁ最南端ということでいいじゃないか、というなんとなくのコンセンサスができている。ここが大西洋とインド洋のぶつかるところである、と。

Cape_point 現地の人の説明によると、半島の西と東で変わる海の性格の違いがそう思い込ませていたひとつではないかとのこと。半島の西は常に波がかなり高く、色が若干エメラルドグリーンに見える。一方東側は、フォールス湾という内海になっており、穏やかで深い青色に見える。

大航海時代に、大西洋の荒海を航海していた船が、もうそろそろ南端に差し掛かるぞという頃に、半島を過ぎると突然海が穏やかになって「おー、潮目が変わったぞー、イカリを下ろして休憩しよう。ここがインド洋だぁ」と喜んだかどうかは定かではないけれど、そういった想像を掻き立ててくれるところが魅力なのかもしれない。

False_bay←フォールス湾側。内海といってもかなり広く、対岸は霞んでいる。

写真は喜望峰の看板のあるところから少し離れたケープポイントの灯台から撮影。道路の行き止まりからケーブルカーで上るが、歩いても20分くらい。実際帰りは歩いて下ってきた。

歴史的な背景を知れば知るほど魅力的な場所に見えてくる一方で、景色という意味では、ここに引けを取らない絶景ポイントが日本にもたくさんあるに違いない。外国の魅力的な所を見るたびに日本にも素晴らしい所があるぞと価値を再認識して、守っていきたいなぁという思いも自然に強くなる。


 

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2008/05/24

ネルソン・マンデラ・スクエア(ヨハネスバーグ)

Nelson_mandela_square マンデラさんって、大きい人だったんだなぁ(笑)。

ヨハネスバーグは治安が良くなくて危険だと聞いていたけど、まるでそういった場面には遭遇しなかった。多分サファリパークで完全にシールドされた車の中から「わー、ライオンさんってかわいいっ!」ってのん気なことを言っている感覚と変わらないんだろうな。

用心して、危なそうなところは出歩かなかったからだけど、本当の怖さがまだピンと来ていないところが怖い(汗)。

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2008/05/12

これから南アフリカ

今日はこれから南アフリカへ出発。アフリカ大陸はこれが初上陸だ。かつ南半球も初めて。インドや中東など暑い所にも行ったけど、緯度はまだ結構高い地域だったんだよなぁ。

今回の訪問地はヨハネスバーグとケープタウン。治安がよくない地帯のようで、暗くなってからや一人では決して出歩かないようにと、何度も何度も注意の連絡があった。現地人と行動する以外はなるだけホテルで引きこもり生活をしていよう。

南アといって思い出すのは何だろう。アパルトヘイト、ネルソン・マンデラ、ヨハネスバーグサミット、2010年サッカーワールドカップ、喜望峰、バスコ・ダ・ガマ、ゴールドラッシュ……、うーん、どれも上っ面な知識でしかない。実際に目で見た感覚と、これがどう食い違ってくるのか楽しみではある。

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2008/04/14

今日はお休み

スウェーデンに行っていて、昨日帰ってきた。今日はお休み。今回は1週間弱と短かったので疲れているからというわけではなくて、出発前から事前に申請していたもの。のんびりしよーっと。

朝からテレビをつけると、はなまるマーケットに菊池桃子が出ていた。この春からレギュラーなんだと。久しぶりに見たら、昔と比べたら声は少し低くなっていた気がするけど、相変わらず舌足らずの話し方なんだなぁ。

今日はこれまた久しぶりに、メジャーの試合の中継でも見てゆっくり過ごそう。松坂の登板。楽しみー。

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2008/04/07

Bluetooth折りたたみキーボード

D1000030空いた時間にテキストに落としておきたいなって思うことが多くて、最近話題のEee PCとかUMPCとかスマートフォンとか、小型の新製品が出るたびに一瞬「おぉっ!」と思うんだけど、その場限りで終わってしまう。何か心に引っ掛かるものがあって、やっぱりそれはキー入力の壁なんだよなぁ。

本体を小さくすれば持ち運びやすくなるんだけど、同時に入力しづらくなる。ハードの性能は以前と比べて格段によくなっているのに、入力の悩みは10年以上前の東芝のリブレットの頃から変わらない(初期リブレットで苦労した世代(^^;)。

大きくていいんだったらノートPCでいいし、でも小型なりのメリットもあるよなぁって堂々巡りしていたらボクの中での解がようやく見つかった。折りたたみ式のフルピッチのBluetoothキーボード。

Stowaway SIERRA Bluetooth 折りたたみキーボード

D1000031パタパタと広げて、カシャーン。セット完了。わーい、かっこいい!

これまでは色々変遷した。最初は手帳にメモして後でPCに書き写していたけど、やっぱり面倒。ちょっとしたことなら携帯に入力しているけど、少し長いのになると気が遠くなるくらい時間が掛かり、オジサン的にはかなりつらい。これでもかなり早くなった方だ。

それではとPDAを購入したものの、スタイラスでの入力が今一つ。(でもPDAはPDAとして使い出があって便利だった。)ようやく外付け無線キーボードというアイデアに思い至るんだけどここでも一回失敗している。持ち運びに便利ということで小型の折りたたみ式Bluetoothキーボードを買ったら小さすぎた(汗)。だから次はフルピッチにこだわった。

感触は上々。この機種はもうそろそろ販売終了だけど、なくなる前に一台キープしておきたくて購入した。

小型マシンの性能が上がるに従って、普段はサブとして使っているんだけど時々メイン的に使いたい場面が出てくる。ひとつ外部入力機器を持っていると、機会の限定された使えない奴が、小回りの利く重宝な相棒になるのではと期待している。

参考になったサイト:
キタ印工房
西田 宗千佳のPostscript

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2008/03/22

ロシアから帰国しました

無事帰国しました!

どんなに寒いんだろうと戦々恐々で向かったのに、寒波は到着した前の週にあらかた終わってしまって、そんなに寒くなかった。道路は乾いていて、雪は土の部分の上や建物の日陰になっている所などに残っている程度だった。

スウェーデンでもそうだったけど、ここもいまだスパイクタイヤをはいているので、どの車もすすけていてとにかく汚い。ナンバープレートも見えないほどだ。ソ連時代の角ばった車もそうだし、富裕層の乗っているメルセデスだって同じだ。今洗ってもすぐ汚れるから、もうしばらく暖かい季節になってから洗車するのだと。

以前サンクトペテルブルグの空港に降り立ったときは、「わー、なんだか全然違うところに来ちゃったなぁ」って感じがしたけど、モスクワではあまりそうは感じなかった。多少のことには慣れてしまったせいもあるけど、サンクトペテルブルグの空港はかなり旧式らしい。近く立替えられる予定だそうだ。

Orenburg1 それでも地方にいくとまだまだのようだ。オーレンブルグ(Orenburg)というウラル山脈の手前、カザフスタン国境近くにある街を訪れた。世界地図にも載っていたのでそれなりの都市なんだろうけど、ここの空港は結構すごかった。

←バゲッジ・クレーム

タラップを降りて滑走路からバゲッジクレームまで、雪の降る中屋外をテクテクと歩く。掘っ立て小屋のような建物は、荷物がまだ機内なので入り口が開いておらず、マイナス気温の中、15分くらい外で待たなければならなかった。

中はご覧の通り。一応ベルトにはなっていて、トタン板を張り合わせただけの壁の向こうに、荷物を載せたトラックがけたたましい音を立てて到着すると、ガタガタいいながら回りだした。

最初うわぁと思ったけど、でもこれは「遅れてるぅ~」という感じはせず、むしろちょっと微笑ましかったかな。地方はまだどこもこんな雰囲気なのかもしれない。ロシアの経済が発展して、ここも今風のどこにでもあるような空港に変わっていくとしたら、少し寂しい気がするのかも。

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2008/03/12

これからロシアへ

3月に入ってすっかり春ばんだ陽気になってきていたのに、しばらく極寒のロシアに行くことになった。

ロシアは2回目。前回もそうだったんだけど今回も顧客クレームによるものなのでやや気が重い。特に今回は長いこと不具合を指摘されていて未だ有効な改善策がないので、現場に入ってからの判断と指先の感覚を頼りながら調整することになる。うまくいきますように。

とはいえ、商談から市場調査、据付調整、手直しまで幅広くこなせるのが自分の売りでもあるからここはしっかりやりたい。

暖かくなって花粉が舞い始めていたのでこの時期外国に逃避できるのはありがたい。北京のように公害で空気が汚染されてなければいいけどなぁ。

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2008/02/06

出張中 - でも走ってる

先週から出張中。足首はすっかり治った。あんなに痛かったのに休息って偉大だな。しばらくテーピングで固定していたのもよかった。

今回の出張は荷物にジョギングシューズを持ち込んで、ランニングマシンのあるホテルでは走っている。操作は距離(または時間)と速度を入力するだけで簡単。速度は走っている途中でも変えられるので、シンドくなれば落とせばいいし、最初遅く設定しておいて段々上げることもできる。

先週は4日走った。距離を10kmに設定して何度か測ったら45分台くらいで走れる。だけど本番では50分切れるかなぁ。フィットネスルームは空調されてて快適だしフラットだし、とにかく環境がいい。アップダウンがあって風があって他にも走っている人がいてという本番とは大違いだ。

マシンでのタイムは自分で設定した速度の結果でしかないから、「今日は意外と早かった!」というような新鮮な驚きがないのは少しつまらない。道を走っていて、シンドかったのにラップが思いのほか良くて、次の周回で気持ちがノッてくることがこれまではあったもんな。でも走って驚いているようじゃまだダメなのかな(笑)。

1月は合計で106km走った計算になる。意外と頑張ったんだな。あと2週間少しで本番。まだまだ楽しめている。

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2007/12/13

バーレーン

P1030226 オランダが終わったと思ったら、今週はバーレーン。バーレーンってサッカーの代表チームの試合のときぐらいしか聞かない名前だったなぁ。

ペルシャ湾に浮かぶ小さな島国で、「ドーハの悲劇」のドーハのあるカタールの隣国。UAEのドバイとは飛行機で1時間の距離。ドバイもそうだけど赤道直下の熱帯地方のようなイメージがあったけど、実際はもっと北で台湾とほぼ同緯度。気候は今の時期で20度ぐらい。

ドバイに倣ってか、海を変な形に埋め立てていて、また奇妙な形のビルがいくつかあった。写真は建設中のワールドトレードセンター。ツインタワーになっていて、尖った2つのビルの間には数基の風車が設置されている。これでビル内で使う電力の30%をまかなう計画なのだとか。ただ現地の人も30%というのはちょっと言い過ぎで、無理なんじゃないの?と懐疑的ではあった。

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2007/12/09

17世紀にiPod?

アムステルダムで国立博物館に行ってきた。

ここは以前一回行ったことがあるんだけど、今回海外出張が初めてという方が来ていて、レンブラントの「夜警」をどうしても見てみたいということで連れて行くことになった。

ヨーロッパの博物館や王宮って、過去の華やかしき頃の栄光をてらいもなく、「これでもか、オラオラー」って自慢している部分が感じられて、ちょっと好きになれないところがあった。実際この国立博物館も、オランダがいかに海の覇権を握っていたかを示す展示から始まる。

ただそういったところを先入観なしにフラットに見れば、博物館も結構おもしろいなと今回思うことができた。有名なフェルメールの「牛乳を注ぐ女」は東京での展示に貸し出されているらしく、今回は見ることができなかったけど、17世紀ごろの絵画は写実的なものが多く、素人のボクにも分かりやすい。

有名な絵画がたくさんある中で、ひとつすごく気になった絵があった。今風の髪型をした女性が、iPodのホイールを操作しながら立っているようにしか見えない(笑)。服装も袖の膨らみに違和感があるくらいで現代でも通用するんじゃないの?17世紀の絵だからそんなわけないんだけど、いったい彼女は何をしているのだろう?

"A letter delivered in a front hall" - Pieter De Hooch

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2007/10/29

レッドソックス、ワールドシリーズ制覇

ビール片手にワールドシリーズ観戦と洒落込みたかったけど……。

ヨーロッパからカナダに回ってきたので、時差の関係で試合の中盤戦辺りで強烈に眠たくなってしまい、気がつけば試合はとっくに終わっていた。2-0までは覚えてるんだけど……。

日本シリーズで勝ったら日本一だから、ワールドシリーズで勝ったら「世界一」なんだろうけど、心情的に何か違うなぁと思ってしまう。MLBは最高峰レベルのリーグだと分かりつつも、やっぱり「全米一」くらいの表現が妥当だよねぇ。

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カナダでワールドシリーズテレビ観戦

今カナダはトロント。テレビでレッドソックス対ロッキーズのワールドシリーズを観戦中。昨日の松坂のナイスピッチン&ナイスバッチンは見れなかったけど、幸せだ~。日曜日のナイターなので、月曜日の午前中に仕事サボって見ているわけじゃないからいいよね。

現在レッドソックスが1-0でリード中。勝てば今日で優勝だぁ。

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2007/10/22

スタバンゲル(ノルウェー)

P1030160 スタバンゲル(Stavanger)はノルウェーの南西部に位置する港町。ノルウェーの石油産業の中心地で、またフィヨルド観光の南の基点にもなっているそうだ。

気温は16℃くらいでまだそれほど寒くもない。ただ、寒いけどなんとか我慢出来そうな、季節の変わり目のような微妙な感じが少しこたえた。すごく寒いならそれなりに備えることもできたんだけど、悩んでホテルに置いてきたフリースをやっぱり持ってくればよかったとちょっと後悔。

以前トロンへヘイムでも感じたように、ノルウェーはいつも穏やかな印象を受ける。港湾都市というとどこもたいてい荒々しい雰囲気があるものなのに、ここは穏やかさを漂わせている。昔はヴァイキングが住んでいたんだよなぁ。どう猛で野蛮な風に語られるバイキングもしかし近年では見方が改められてきている。実際には半農半漁を営む技術の進んだ知的な集団だったらしい。

P1030156 スタバンゲル大聖堂
都市の成り立ちは古く、8世紀以来の歴史を持つ。大聖堂は司教座が置かれた12世紀の建立。

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2007/10/06

ピエール・マルコリーニ

P1010120 ベルギーはチョコレートで有名で、ゴディバやノイハウス、ヴィタメールなど世界的に有名なベルギーの高級チョコレート店が軒を連ねている。最近人気なのがピエール・マルコリーニなのだそうだ。上の老舗のものは空港の免税店や日本でも買えるけど、これはまだ現地以外では手に入りにくいらしい。日本には3店舗を出店している。

小便小僧から少し坂を上ったところに店舗があった。ゴディバと道を隔てた向かいに建っている。しのぎを削り合っているのかな?ひと粒300円ぐらいからのチョコレートが並んでいる。うー、高いぞ。さすが高級店。

たくさんのチョコの種類の中から色々と組み合わせることができる。が、ボクは日本でもお菓子屋さんで「チョコレートはこれとこれの組み合わせに限るな~」なんて選んだことはない。スイーツに対する思い入れはかなり低いな、俺。

結局、箱に入った詰め合わせのものを買ってそそくさと退散。小さな箱だったけど、それなりの結構いい値段になってしまった。

帰ってうちの子供たちに食べさせたけど、案の定パクッと放り込んで終わり。「あーうまいなー」とは言っていたけど。むしろ量が少ないのが不満だったようだ。予算の都合上たくさんは無理なのダヨ。

もっとも作り手側もこんなチロルチョコを食べるみたいには作ってないんだろうけどね。職人が考え抜いた、よそとは違う洗練されたこだわりの何かがあるに違いない。チョコレートひとつ取ってもいろいろあるんだなぁ。

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2007/09/29

小便小僧

P1010115 グランプラスから数分歩いたところに、有名な小便小僧の像がある。グランプラスからも道順が矢印で示されていたので、観光客にとってはこれらは1セットなのに違いない。矢印には「MANEKIN-PIS(マネキン・ピス)」と表示してある。ピスはおしっこなので、そのままだー。世界各地にある小便小僧の発祥がこれなのだ(と以前「トリビアの泉」で聞いた覚えがある)。

フランスとの戦いで劣勢を強いられ、意気消沈しているところ、ジュリアンという子供が爆弾の導火線の火をおしっこで消した。子供ながらにも勇敢に振舞う姿を見て、ベルギー軍は勇気付けられ、劣勢を跳ね返したという逸話だそうだ。

見に来ている観光客はなぜか中国の人たちが多かった。たまたまだったのかな?いやいや周りのおみやげ屋さんにも中国語で表示しているところが多い。日本語はない。中国でこの逸話が有名なのかな?それともベルギーと中国は何か友好関係があるのかな。

P1010113 ←いつもより余計に放出しております~!
(放水管のメンテ中だった。)

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2007/09/23

自由の象徴、グランプラス

P1010108 ベルギーのブリュッセルを訪れたとき、世界文化遺産に指定されているグランプラスに立ち寄ってみた。

一見すると、何の変哲も無い建物に囲まれた中庭風の広場なんだけど、その成り立ちの歴史を聞くと、なるほどなと思えてくる。元は商工会議所のあった場所で、ギルドハウスと呼ばれる同業者組合の建物をよく見ると職業を表す紋章が飾ってある。

P10101042枚目の 写真にある手押し車は油商同業組合のもの。その商人たちが力をつけてくると自治権を獲得していった。

当時フランスの圧政からベルギーに逃れてきた人たちが、このグランプラスに入ると、その自由な雰囲気に感動したことだろう。そういった背景を知らずに景色を眺めているだけでは、ただの窮屈な閉鎖空間だなーなんて、全く逆の印象を持っただけで終わるところだった。

P10101090 グランプラスの通路には、セルクラエスの像と呼ばれる一体の横たわった銅像がある。14世紀の英雄だそうで、彼の右腕を触ると幸せになれるのだそうだ。観光地には必ずある、触ると幸せになれるXX!そして観光客が皆触っていくのでそこだけ金色に輝いている。ああ、幸せになりたい(笑)。ボクもなでなで。

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2007/09/09

モンマルトルの丘

P1000491 パリで週末を過ごすことができたので、モンマルトルの丘に足を運んでみた。

その日は天気も良く、小高い丘なのでパリ市街が一望できて気持ちがよかった。ちょっとエキゾチックなスタイルのサクレクール寺院、その横の公園ではたくさんの絵描きさんたちが観光客相手に似顔絵を描いている。昔の有名な画家たちも無名の頃にはこんなところで絵を描いていたんだろうな。

ボクも1枚書いてもらえばよかったな。ホームページのプロフィール欄に貼れたのになぁ。今にして思えば惜しいことをした。

P1000506観光客が多い場所なので、何かと怪しげな人もいる。サクレクール寺院の辺りを歩いていると、セネガルからやって来たという民族衣装を着た黒人の若者が親しげに近づいてきた。パリに来た記念にミサンガを作ってあげたい、綺麗だからどうか見てほしいんだと陽気に話しかけてくる。

どうせこんなのはハナから相手にしない方がいいに決まってるんだけど、最近はちょっと余裕がでてきて(そういうのがホントは危ない場合があるんだけど)、こんなんで最後に法外な値段を吹っかけてくるんだろうな、ちょっと見てみようとやらせてあげた。

P1000496 なかなか巧みな手さばきでカラフルな糸を縒り合わせていく。終わって「で結局いくらなの?」とこちらから切り出すと「50ユーロ(約8千円)」ときた。そこから行くかー。大胆だなぁ。でもこれで払っちゃう日本人もいるんだろうな。

「君なー、そんな甘い商売、世の中にないで」みたいなことを言うと、いきなり「じゃ25ユーロ!」半額かよ!さっきの50はなんだったんだよ。そこから20→10→5ユーロとどんどん下がり、結局3ユーロだけ渡して終わらせた。それだって4~500円なので結構なお祭り価格だ。

この人たち、1日に何人の観光客に声を掛けて、何人がカモられてるのだろう。こんなのが各地の観光地で繰り広げられているんだろうと思うと脱力というか、ご苦労さんという感じだ。

丘を下って木陰のベンチで休憩していると、絵描きの卵のような若者が、「君は友達だ、君の絵を描かせてほしい」と近寄ってきた。またかよと今度はもう面倒くさかったので、「お金無いから」と断ると、「お金はいらないから。友情の証だから」とか言う。

「さっきこんなことがあってな、このミサンガ、いくらから始まったと思う?」と先ほどのミサンガを見せた。
「5ユーロぐらいかな?」
「だろう、それが50ユーロから始まるんだよ。君もそんな奴と同じかと思ったんだ。ごめんな」と言うと、画板を閉じてそそくさと帰っていった。おい、帰るなよ、友情の証はどこに行ったんだ~(笑)。

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2007/09/01

ビリーズブートキャンプ・エリート

P1020869 来週からまた出張。

ビリーの話はもういまさらという感じがするのだろうけど、ビリーブランクスが7月に来日していたのは、出張中だったのでであまりピンときていなかった。その後の27時間テレビやスマスマで香取慎吾が物まねをしているのを見て、すごく盛り上がっていたんだというのを知った。

ボクも出張中の運動不足解消にと、「ビリーズブートキャンプ・エリート」を購入し、そんなに熱心な「隊員」ではないんだけど、前回の出張から持ち歩いている。

第2弾にあたるこの「エリート」版は、多分エクササイズ自身は通販で紹介している第1弾と同じようなものだろうけど、ビリーバンドが進化していて、おもりを出し入れして負荷を調整できるようになっている。持ち歩くのはこのバンドとDVDだけで、大掛かりな器具を使わなくていいところが出張者にとっては都合がいい。

DVDでいつもビリーの右後ろで踊っている綺麗なお姉さんがいるなーと思っていたんだけど、来日したときの情報から、彼女が娘のシェリーさんという人だと判明。ちょっと嬉しかった(笑)。ということは左後ろにいるのは奥さんなのかな?と勘ぐってみたりする。

ボクの場合はやせたりダイエットするのが目的ではなくて、単に出張中の運動不足解消が狙いだけど、これだけハードな運動を続けることができたら、そりゃ何らかのシェイプアップ効果はあるだろうな。

それまでは出張先のホテルで、ちょっとは運動しなくちゃなぁと、スロートレーニングだとか、ネガティブを効かせるんだ!なんて言いながら、色々とバリエーションを考えながら腹筋をやったりしてたんだけど、なかなか長続きしない。一方ビリーのは、運動そのものはシンドイんだけど、DVDの通りに体を動かすだけなので気は楽。「人に言われた通りにやるだけって楽~」って感じ。

以前なら通販の健康グッズなんてバカにしていて見向きもしなかった。それなのにこの宣伝は「値段はいくらなのかな?」というところまで見てしまった。歳なのかな?(笑)

他の健康グッズはブルブル震わせたり食品を摂取したり、自分は何もしないのに外から刺激を与えることでみるみる痩せますよ、という類のものが多いのに対し、ビリーのはちゃんと自分で動いて余分なカロリーを燃焼させましょうと真っ当なことを言っているところに好感が持てたんだろう。中級者向けなんだろうな。

どこまで続くか分からないけど、今度の出張も持っていってみよう。

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2007/08/24

長崎人

普段では余り意識しないけど、ああ、やっぱり自分って長崎の人間なんだなぁと思った瞬間。

花火
普段、買い物には慎重な方なのに、お盆の花火を買うときはロケット花火やドラゴン花火など何千円分も平気で買っている自分に気がついたとき。長崎ではそれらをお墓でバンバンやります。

ポンズ
ボクは特に柑橘類の果汁の入っていない普通の酢醤油のことも「ポン酢」と言ってしまうことがあって、一旦頭の中で「そこのポ……、酢醤油取ってくれる?」なんて言い換えることが多いんだけど、これは長崎のいわゆる方言だということを、越中哲也さん(!)が書いているのを見つけてちょっと嬉しかった。オランダ語のポンス(Pons)から派生したとのこと。

甘党?
帰省中に中華料理屋で皿うどんを食べたら、その餡かけが少し甘く感じた。その店の味付けが特にそうだったのかどうかは分からないけれど、長崎の味付けはそもそも若干甘い目らしい。これも昔、南蛮貿易で砂糖がふんだんに入手できる土地柄だったことからそうなっていったのだとか。これまでは気にならなかったのに、よその土地での味に慣れてそう感じるようになってしまったのであれば、ちょっとさみしいかも…。

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2007/08/21

精霊流し

P1030027 長崎でのお盆は、母の初盆ということで精霊船を流した。先日選挙中に凶弾に倒れたいとう一長さんの船なんかも見かけたなぁ。中央に大きな遺影が飾ってあって、何人もで担ぐ大きな船だった。もっとも最近の船にはコロがついているので、担ぐではなくて押すが正しいのだろうけど…。

うちのは50センチ程度の片手で持てるかわいらしい船。爆竹がけたたましく鳴り響く中を、家族で順番に交代しながら、ひっそりと港へ運んだ。息子は爆竹にかなりビビッていたけどね。

港には、子供たちが作ったと思われるような小さな手作りの船がいくつか並んでいた。牛乳パックや段ボールを使ってそれにお絵かきされてある。夏休みの宿題の工作のような感じ。本格的なものとはまた違った味わいがあって、微笑ましかったな。魂さん、無事にあの世へ戻ってくださいね。

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2007/08/17

甲子園にて観戦中

070817_0830 夜中に高速を飛ばして先程甲子園に到着。長崎対京都の試合を一塁側アルプス(長崎側)にて観戦中。どちらも頑張れ〜!

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2007/08/16

長崎駅前にて

V9030005 初盆のため帰省中。長崎駅前の高架広場にて。
えびすさん、ナイス!新幹線があっても未来はあまり上手く描けてないよー(笑)。

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2007/08/14

カナダ

前回の出張ではすごく久しぶりにカナダに行った。最後に行ったのは99年だから8年ぶりかー。その前は97年。今回は21世紀になって初めて来たとも言える(笑)。

見覚えのある風景を、そうそう、こんなだったよなーと懐かしく思い出しながら、やや不安に駆られた。過去2回、カナダ出張の後に、自分にとって思わしくない異動が重なったから。97年のひと月半後に闘病記にも書いた突然の異動。99年はひと月後に新チームを示唆され、最初は海外担当に復帰できるということで喜んだんだけど、中身は話と全く逆。

前に進もうも頑張っているのに、足を取られ、羽根をもがれ、ブレーキを踏まれ、むしろどんどん後退していっている感じだったなぁ。

だからカナダといえば、希望を感じながら働いていた側面と、その直後に感じるもう戻れない遠くの世界に思える2つの側面がボクの中に長くあった。今では十分見返してるけどね。

万一同じような理不尽な扱いが起こったら(無いと思いたいけど)、こちらは一度学習済みなので、いくつか考えるところがあるというのはひとつの強み。変化に対してはウェルカム。後で何が起こっても、できれば自分で考えて動いた結果そうなったと思えるようにしたい。人の話を鵜呑みにして結局振り回されちゃったよーというのが一番いやだ。

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2007/07/22

ようやく帰国

ふー、今回は長かったー(笑)。結構途中シンドかったな。久しぶりにカナダに行ったり、イスタンブールに行ったりしたことも書きたかったんだけど、全然ブログに向かえなかった。これから追々にでも。

大変だったといってもへばって全然ダメだったわけじゃない。やりすぎてここまで行ったらマズイなという限界はもう分かっているし、体力はあるのに全然仕事ができなかった状況の方が何百倍もつらかったから。今回はクレバーに調節できたんじゃないのかなーと自分で勝手に合格点。

とりあえずまずは散髪にいきたいな。出発する前からそろそろ切ろうかなと思ってたので、今はかなりロン毛、というよりボサボサ。それから時間を見つけて高校野球を見に行きたいな。

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2007/06/09

DS眼力トレーニング

070609 来週からの出張に備えて、遊び道具として「DS眼力トレーニング」を購入。

その前までは、「リズム天国」をやっていた。ほとんどAボタンのみで操作できるのと、1プレイが短いのでやめる区切りがつけやすいところがよかったな。自分のリズム感の無さにがっかりすることはあったけど。

Aボタンで同じリズムを刻むだけのゲームでも、終わりに近づくと緊張してくるんだろうね、テンポが走ってしまってよくNGになった。草野球でもチャンスに引っ掛けてサードゴロになってしまうことがよくあるのは、こんなところに原因があるに違いない。

なんてことを思いながら、それでも完ぺき主義者の乙女座らしく(笑)、なんとか40個あるゲームを全てパーフェクトレベル(レベルには、やりなおし→平凡→ハイレベル→パーフェクトがある)にできたので、このゲームはコンプリ。

そういった流れの中で、次の何かを探しているところに、「眼力」は、自分の身体能力の無さをあからさまにされるけど操作が簡単、1プレイが短いというよく似たコンセプトで楽しそう。空港で、ホテルで、ちょっとした空き時間にチョイチョイとやってみよう。

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2007/05/28

クオレ

前回のジェノバネタのつながりで、「クオレ」という本を読んでみた。「母をたずねて三千里」の原作ね。

この本自体は学校での出来事の物語で、マルコのお話は、先生が毎月話してくれるエピソードの一つとして出てくる。物語の中の一部といっても、「アペニン山脈からアンデス山脈まで」という原題のこのエピソードには一番ページを割いていて、メインのお話であることには違いない。

アニメのマルコのように愚直なまでに前向きというよりは、本で読んだ感じでは、どちらかというともう少し思いつめたような印象だ。それがこの旅を通じて成長していく様が描かれている。

クオレの物語自体もよかった。ちょっと道徳の時間の教本みたいでもあり、子供の時分に出会っていたら、説教臭く感じて読まなかったかもしれないけど、今くらいの歳になると、作者が子供たちに伝えたかった内容がよく分かる。

約150年前のイタリアの生活もうかがえて面白い。学校が今みたいに大半が勤め人の子供というわけでないので、お父さんの職業があだ名になっていたり、いじめなんかもやはりその頃から描かれていたり。現在のようにほぼ暮らしが均質化している中で瑣末な違いをあげつらうものではなく、その頃は、元よりいろいろな境遇の子供たちが集まっていて、違って当然というのが前提になっているのが背景の違うところだけど…。

比較するために、アニメのストーリー詳細はここでおさらいした。そうそう!といろんなシーンが思い出されるし、覚えていなくてもストーリーを追っているだけで、さも見たことがあるかのように頭の中でシーンが構築されていく。これも楽しい体験だった。子供の頃の記憶ってすごいな~。

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2007/04/16

三千里って……

P10207980 確かに思い出してみると、「母をたずねて三千里」のアニメでも、狭い坂道の路地をマルコが走り回っていて、その上にロープで洗濯物が干してあるジェノバの光景があったように記憶している。それってもう30年以上も前の番組なんだよな。

言うまでもないことだけど、30年前だから単位が「里」というわけではないよ。小学生だった当時も、「里」ってなんだよ!とツッこんでいた。長さの単位として「里」を使ったのは生涯で2度しかない。このタイトル以外では、
「沢田研二の家はどのくらい遠い?」
「10里(ジュリー)」
という小学生時分のナゾナゾのときだけである。(ちなみに「先生の家はどのくらい遠い?」「1000センチ(先生んち)」というバリエーションもあった。)

それより、タイトルの後ろに何か付けるのが好きな番組だなとは思っていた。「アルプスの少女」が「アルプスの少女ハイジ」になったり、それまでは「母をたずねて」として知っていた童話に「三千里」が付いたり。きっと距離には意味が無くて、ちょうど七五調になって語呂がいいし、分からないけど何だか遠そうな感じが出るという理由だったのではと推測。

今では便利になって、Googleに「三千里」と入力すると、
三千里 = 11 781.8182 キロメートル

と真っ先に教えてくれる。便利過ぎて身もふたも無いなぁ。また約1万2千キロというのが遠いんだか近いんだか微妙な感じでもある。やっぱり三千里で正解。

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2007/04/12

ジェノバVS日本

P1020781 ジェノバの町並みは、見方によっては地元の長崎に似ていると言えなくもない。海があって、平野部がなくてすぐ小高い山が迫っている。その斜面に張り付くように家々が建っている。坂の町、狭い路地。造船所もある。昔は栄えていたけれど、今はもうひとつパッとしないところなんかも。

目の前に地中海がパァーと広がっていて完璧に南に面している。気持ちいいっ!ジェノバはリゾート地というより工業地帯という性格が強い感じだけど、それでもこうなんだから、地中海に面した各地を目指して、ヨーロッパの人たちが夏休みに大移動する気持ちは分かるなぁ。

でもそういう意味では、日本にも南に太平洋の大海原が広がるいいスポットはたくさんあるんだよな。そんなところにしばらく滞在してみたいなぁ。地中海との違いは、日本の場合は往々にしていいところほど、台風の通り道だったり地震が心配だったりと、心地よさと同時に自然災害の心配が背中合わせにあるところ。地中海に台風はないからなぁ。

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2007/04/10

イタリア人のルーズさ

当初は一週間で終わる予定だった仕事が、現地の段取りが悪くてもう一週間伸びてしまった。娘の入学式に出席できなくなってしまって結構がっかりだったんだけど、現地人は多少遅れたことなんて全然気にしちゃいない。遅れようが最終的に出来上がればオッケーみたいなノリに見える。

最初にちゃんと寸法を出しとかないと、後でどんどん累積して、後で自分が苦労するんだからとかね、いろいろとアドバイスしても、一般的な意味でよく言われるA型とAB型の会話みたいに「ふーん、A型って気苦労が多くて大変ですねー」みたいな感じ。で結局想定していた通りの問題を起こして「どうしよう、どうしたらいいの?」と泣きついてくる。だから言ったじゃない。

でもそうすると「いや過去は問題ではない。目の前に直面している問題をどうするかだ!」というモードになってしまう。で同じことの繰り返し。前向きなのはいいけれど、なら最初から気をつけようよ。これは気質の問題ではなくて、ちょっと気をつけていればよかっただけの話で、典型的な素人の対応だよ。はー疲れたー。

全てのイタリア人がそうなわけじゃないんだろうけどね。いろんな国の人と仕事をしてきたけれど今回特に顕著に感じたので……。

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2007/04/01

ジェノバ

これからジェノバへ。ジェノバと聞いて真っ先に思い浮かぶのは、マルコがお母さんを探しに出発するところ。そんな港町の風景に出会えたらいいな。

このお話でいつも疑問だったのは、いくら生活するのに困ってたからって、お母さん、アルゼンチンなんてそんな遠くまで出稼ぎに行かなくちゃいけなかったの?もっと近場にいいの無かったの?ということ。でも大人になってみて考えると、きっと、中世の頃は地中海交易の中心拠点として繁栄した都市も、マルコの時代には新大陸との貿易がメインになってきて、地中海の港町では海の仕事が激減していたんだろうなぁ。

それよりも不思議だったのは、本当はお母ちゃんが恋しいだけだったかもしれない年端のいかない子供を旅に出さないといけなかったこと。お父さんもそれほどいきづまっていたのかなぁ。

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2007/03/10

これからドバイへ

今、関西空港。出張はたいがい午前中の便になることが多く、夜遅く日本を発つフライトはボクには珍しい。自宅から空港までよく使う乗り合いタクシーがこんな遅くまでは運行していないというのを予約を断られて初めて知ったし、時間潰しにいつも立ち寄る空港内の本屋さんがもう閉まっていたりと何かと不便。だけど、よく知ってる場所のはずなのに微妙に勝手が違うのが面白くもある。

約1週間の滞在で、来週末は母親の四十九日で長崎に帰省する予定。見知らぬアラブの土地よりも、3ヵ月で3回目の帰省の方が何だかシンドイかも…。

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2007/01/10

3年ぶりの故郷

3年ぶりに帰省した長崎だけど、結構街並みが変わっていて驚いた。3年前も駅ビルが、昔の姿が想像できないほど新しくなっていてびっくりしたんだけど、そのときは卒業以来初めての高校の同窓会で懐かしい人に会える方に気持ちが行っていて、それ以外の風景にまで思いが至っていなかったのかもしれない。

市民病院の横が大きなトンネルのバイパスになっていたり、女神大橋という新しい大きな橋が架かっていたり、ボクが小さい頃に住んでいた辺りが海辺のおしゃれな結婚式場になっていたり…。

夢彩都という大きなショッピングセンターが駅近くに出来ていて、3年前も既にあったんだと思うけど、興味はありながら行けずじまいだった。今回初挑戦。京都で言えばジャスコ・ダイヤモンドシティ・ハナみたいな感じで、そこに行けば食料品から衣料からアミューズメントまで何でも揃っていて楽しかった。かなり大きな書店が入っていたこともボクにはポイントが高かった。

そんなアウェイ感漂う久しぶりの故郷でも、外せない定番の行動もいくつか。お墓参りだったり、諏訪神社へお参りだったり。食べ物でいえば、うちの場合は江山楼のちゃんぽん吉宗の茶碗蒸し。どちらも子供の頃はお客さん来たときだけの特別なおもてなしメニューという感じだった。

そもそもちゃんぽんなんて普段は近所のちゃんぽん屋さんから出前してもらう気軽なものだった。選択肢はちゃんぽんか皿うどんのいずれかで、皿うどんに好みで掛けるウスターソースがなぜかいつもリポビタンDの空き瓶に入っていたな。ソースを掛けないで食べる地域があるというのは、長崎を出た後、「ソースを掛けて食べるんだー」と指摘されて初めて気がついた。

そんな子供の頃は、江山楼のちゃんぽんは、高級過ぎて味の違う別の食べ物、という認識だった。今食べると、スープにとろみがあってやっぱりうまいな。お店はいつも混んでいる印象があるので、予約無しで行くとすごく待たされることもある。こんなのが食べたくなるということは、お客さん気分が抜け切っていないのかな。たまにしか帰省してないからなぁ。

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2006/12/24

ストックホルムのクリスマス前夜

P1010415 12月は大半をストックホルム(スウェーデン)で過ごした。街はクリスマス気分で、中央駅もデコレーションされている。出発前は雪が降り積もっている場面を想像していたけれど、思っていたほど寒くなく今年はまだ1回しか雪が降っていないとのこと。何でもかんでも温暖化に結び付けたくはないけれど、段々雪の量が減っているのを現地の人は感じているそうだ。

走る車はほぼすべて冬用タイヤに履き代わっている。雪の日にノーマルタイヤを履いていると法律で罰せられるそうだ。だけど日本では見なくなったスパイクタイヤを装着している車がまだかなり多く、それで乾いた道路を走るせいか、ほとんどの車が、すごく立派な車でも、かなりすすけている。

P1010323 この時期には買い物にはあんまり出かけるなよ、とよく現地の人に言われた。クリスマス前の買出しで人がごった返しているからなのだそうだ。でもそう言われると見に行きたくなるもの。ストックホルムの中心となるセルゲル広場や、ドロットニング通り、王立公園などを覗いてみた。やはり多くの人が買い物を楽しんでいる。常設のテントの他にもクリスマス用品を売る特設テントも出ていて気分を盛り上げている。

だけど…、こんなのは日本だったらまだ全然問題のないレベルの混み方だ。むしろこんなのまだまだヨユウだぜ!元々の人口密度が違うし、混雑に対する許容度も違うんだろうな。逆に日本の満員電車とか、会社の机が島になっていて先っちょに課長が座っているみたいなギュウギュウ詰めのオフィスというのは、こちらの人にはかなりの苦痛なんだろう。(もっとも東京の満員電車での通勤というのは、ボクも耐えられないのでは思うけど…。)

そんなクリスマス前の喧騒も23日で終わり。24日はほとんどのお店やレストランは終日閉店なのだそうです。

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2006/11/14

矢沢永吉の聖地、DIAMOND MOON

Diamondmoon1 永ちゃんの日本で唯一のオフィシャルショップ、DIAMOND MOONが東京の赤坂にある。これも一度は拝んでおかないとと、ホームページの地図を片手に地下鉄に乗り込んだ。最寄駅が青山というからもっと商業地域に店を構えているのかと思ったら、どちらかというと閑静な住宅街の中にひっそりとあるというたたずまい。ホームページで見覚えのあった写真の青い看板に気がついたからよかったものの、もう少しで通り過ぎてしまうところだった。

1階はおしゃれなカウンターバーになっていて、壁にはゴールドディスクが飾ってある。奥には小さなステージの上に白いマイクスタンド。そのステージ背面のスクリーンにはプロジェクタで永ちゃんのビデオ映像を流していた。こう書くと矢沢永吉満載だけれども、それらは店内装飾の脇役的な彩りで、ことさらファンでなくとも気の利いた小じゃれたバーとしてカップルでも使える感じだ。

時間があまり無かったので、ここは割りとスルーしてショップのある2階へ。階段を上ってショップまでの通路には過去のステージ衣装や若い頃の写真などが展示してある。何気ないスナップ写真がたくさん飾ってあったので、つい時間を費やしてしまった。アメリカで現地のレコーディングスタッフ達と談笑している場面や、ライブ開始直前の控え室で、窓に「今日の俺はやる!」みたいなことを落書きしていたりする。うわー、若いな~。

まだアーティストとして売れる前に使っていた古いブラウン管テレビも展示してあった。興味のない人にとってはガラクタ以外の何物でもないんだけど、昔からのコアなファンの人にはたまらないんだろうな。

もともとは、ツアー期間中以外にもツアーグッズを販売できる場所として作ったというようなことを聞いたことがあるが、立地を見てもガンガン商売するという感じでない。そこがまたいい雰囲気だ。

今年もまたツアーシーズンがやってきた。今年のボクのチケットは12/9の大阪城ホール。今年も無事ツアーに参加できることに感謝して。

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2006/11/08

亀有公園前

P1020149 子供たちが「こち亀」の大ファンで、亀有と柴又は葛飾区のご近所なのでちょっと立ち寄ってみることにした。娘の目覚ましは両さんの形をした時計で、テーマソングと共に「おーい、起きろ~~」とけたたましく叫ばれる(それでもなかなか起きないけど)。

娘情報によると、今年の2月に亀有駅前北口に両さんの銅像が建ったらしい。駅前に着くと確かに銅像があった。ちょっとグロテスクな感じだ。

P1020151 駅からすぐのところに亀有公園というのが実在する。もちろん交番は無いけれど、公園前には大きなマンションが建っていた。マンガとはいえ、全国的に知られている地名なので、地価は他より高かったりするのだろうか。

今月18日には、2体目の両津勘吉像(お祭りのハッピ姿)が亀有駅南口に立てられるそうだ。

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2006/11/04

寅さん記念館

P1020143 江戸川の土手の方に足を進めると、寅さん記念館がある。撮影で使っていた団子屋のセットやレアな小道具が並べてある。大船の撮影所、後に鎌倉シネマワールドが無くなってからこちらに移築したのかな。

ショップには寅さんの腹巻きや首から提げていたお守りがお土産として売ってあった。記念にすごく欲しかったけどさんざん悩んでようやく諦めた。だいたいどこで身につけるんだよ!

これでは遠足の小学生が、河原の丸い石をきれいだと思って大変な思いをして持ち帰ってきたものの、到着直前に、一体何に使えるんだろうとふと疑問になってしまうのと同じことをするところだった。

P1020145 最後は寅さんがよく昼寝していた江戸川の土手を見てゴール。河原は草野球の試合で賑わっていた。土手はサイクリングコースになっており、ヘルメットからスパッツまでみっちり着込んだ自転車好きがたくさん走り抜けていた。

以前から比べると古きよき時代の情景はきっと随分損なわれたんだろうな。駅前から商店街、帝釈天の一角はよく保存されているけれど、その周囲には高層マンションがかなり建っている。観光地化されすぎてしまったきらいもある。それでも、柴又の持っている雰囲気のようなものは十分に堪能することができたように思う。

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2006/11/02

柴又でございます

Shibamata1 せっかく家族で東京に行くんだから、どこか行きたいところはないかということで、寅さんの柴又へ行くことにした。東京にはいろんな選択肢がある中で、あえて柴又を選択するうちの家族って渋い(変?)。

知らないところへ行く道順は、以前は事前に下調べするか、色々聞きながらやるしかなかったんだけど、今は便利になって、携帯からYahoo!モバイルの「乗り換え」にアクセスし、乗車駅、降車駅を入力するとたちどころに乗換駅や運賃、所要時間などが出てくる。携帯って、あまり使いこなしていなくて、むしろPCより不便だなと思うことが多かったけど、これは便利だったな。

もうひとつ、新幹線の予約も便利になっていて、エクスプレスE予約を使うと、乗り遅れそうになっても、携帯から直前の時間変更ができる。(これでひとつ不便だったのは、東京駅の発券機が丸の内側になく、八重洲側まで回らなければならなかったこと。)

P1020130そうやって難なく柴又駅へ到着。おー、映画で見ていた風景だ。いつものようにおいちゃんたちとけんかして出て行こうとする寅さんを、妹のさくらが追いかけてきて「お兄ちゃん、お金は持ってるの?少ないけど、これ」と言って、わずかなお小遣いを渡す、そのホームだ。

駅前には寅さんの銅像、商店街には映画撮影時の写真など寅さん一色だ。柴又に来た記念に、十円まんじゅう、高木屋さんで草だんごとおでんを注文。うまかった。

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2006/10/30

弟が結婚

3つ下の弟がいる。もう30半ば過ぎというか40手前なので、ずっと結婚しないのかと思っていたら、このたび結婚する運びになった。奥さんになる人は10歳年下なのだそうだ。うーん、夢のある話だ。東京に住んでおり、渋谷にある何とかという最上階の展望レストランを貸し切って、披露宴を行った。

ボクにとっては久しぶりの東京だ。渋谷駅前のモアイ像やハチ公前を通り、人の多さに酔いそうになりながら徒歩で現地へ。親族控え室に割り当てられた部屋から下をのぞくと、東京の街は、当たり前だけどまぁビルだらけで、みんなよくこんなところに暮らしているなと感心する。

ここで長く生活して仮に体調が悪くなったとしても、そりゃそうだろうという感じだ。意識して時々郊外へ出ないと、緑を見る機会なんて年に何度もないんだろうな。でも京都だってGoogle Earthなんかで見ると、お寺や御所を除いて市街地はほとんど緑が無いから同じようなものか。

それはさておき、披露宴は今風のスタイルで進行した。披露宴に参加するのは今年は3回目なんだけど、どれも仲人さんなし、二人の出会いは司会の人に質問を振られながら本人たちが紹介するというものが多い。以前だったら堅苦しく「ご友人の紹介で知り合い…」と説明されると、「合コンだろ?」と心の中でつぶやきながらグッとこらえるものだったが、今は本人たちから「つまり合コンちゅーことです」とあっけらかんと紹介される。(ちなみにうちの弟の場合は職場恋愛なのだそうです。)

ボクが15年以上前に式を挙げたときも、同じように仲人さんなしでやったんだけど、その時代はまだかなり周りの抵抗が強かった覚えがある。今の人に聞くと、形式的な仲人さんの付いた披露宴に出席したりすると、かなり古臭く感じるそうだ。

10歳年下の奥さんといっても、弟は面倒を見てあげるというより、彼女の手中でうまく転がって、それを楽しんでいるように見えた。いい組み合わせなんだろうな。どうか幸せな家庭を築いてください。

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2006/09/20

夏の大三角形

今回のキャンプでの息子の最大の関心は星座の観察だ。ちょうど学校で習っているところらしい。教材の星座板を持ってきていた。上の娘の時も似たようなのがあったけど、今のバージョンの方が気がきいている。ウチワのような格好をしているその星座板は、持ち手に相当するところに乾電池がしつらえてあり、豆電球がついて暗がりでも見ることができる。

正直に告白すると、星座はカシオペア座と北斗七星ぐらいしか分からなかった。家族で浜に寝そべって息子の星座板を頼りにしながら、南の地平線に初めてさそり座を「発見」したときには、小学生とまったく同じレベルで素直にうれしかった。

何であれがさそりや動物に見えるの?古代の人ってやつは…って昨日まで思っていた。だけど昔は都会で今想像する以上に満天の星が見えていたのだろう。中でも明るく輝く星たちが無数の小さい星たちの中に埋没しないよう、何かひと塊のものとして区別したいという動機があったに違いない。動物の名前は後付けで、あまり大きな意味はなかったのではないだろうか。

学生のときにやった英単語の連想記憶術みたいなものなのかな、と思った。「字を引く書なり、ディクショナリー」みたいな連想のヒントになるようなウマいものも中にはあったけど、大半はほとんどこじつけに近いものだった。

星座の名前はその場では覚えたつもりになっていても、細かい知識はザルのようなボクの脳みそからすっかりこぼれ落ちてしまった。だけど夏の夜空の天頂にひと際明るく輝いていた夏の大三角形(デネブ、ベガ、アルタイル)は、今でもしっかり目に焼きついている。

日本ではベガは織姫星、アルタイルは彦星として知られているそうだ。ああこれがそうだったの、なるほどねー。昔の人がそう名づけたくなる気持ちが少しわかった。

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2006/09/16

マキノサニービーチ2

マキノサニービーチには2つの浜があり、高木浜は満杯だったものの、もう一方の知内浜のフリーゾーンに運良く滑り込むことができた。止まっている車のプレートを見ると、意外に愛知から来ている人が多かった。皆さん、大きなワゴン車に立派なキャンプ用具を揃えている。

うちも貧弱ながら結構キャンプ機材が増えてきた。その昔は網焼きグリルひとつしか持っていなかった。当然日帰りバーベキューで、家族でヤンキー座りしながらグリルの周りを囲っていた。焼く前の食材は地べたに新聞紙を敷いて並べていた。まだ火をうまく起こすことができず、シーフードバーベキューだと張り切っていたのに、半焼けのイカや貝がいつまでも網の上に残っていたこともあった。

それから大体年に1つずつ買い揃え、テント、テーブル、パラソル、チェア、シュラフ、エアマットなどが増えていった。年に1~2回しか使わないこれらの道具が狭い物置の大部分を占有する。機材を揃えていくのはそれなりの覚悟が必要なのだ。

ひとつひとつ増やしてきたことで、機材がなくてもそれに応じてそれなりにやっていけるという自信のようなものが身についてきた。キャンプをするならあれもこれも最初から全部揃わないと何もできないヨ、というのとはまるで反対の感覚だ。

以前も書いたことがあるんけど、便利さに慣れ切ってそれを当たり前と思い込んでいる日常から、あえて少しの不便さを体験するのがボクのキャンプの目的なのだ。

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2006/09/14

マキノサニービーチ

060815_0850夏休みの出来事を今頃書いているのは、宿題の絵日記を最終日に大慌てで書いている小学生のようでもある。

昨年は出張でお盆休みが無くなったので今年こそはキャンプに連れて行けと家族の圧力が強かった。例年、お盆休みに家族でキャンプに行くのが恒例になっている。ここのところは琵琶湖の近江舞子か京都の日本海にある琴引浜のどちらかに行くことが多かった。

今年は何となく気分を変えてみたいと思い、水がきれいと言われる琵琶湖の北の方まで上がってみることにした。マキノ町は琵琶湖の北端にあり、マキノサニービーチというオートキャンプのできる浜を持っている。

北のはずれに行く感覚を持っていたので、閑散としたところをイメージしていたら人気のある浜で、予約ゾーンは満杯、フリーゾーンが空いていたら入れるかもしれませんと電話受付の声。万一入れなかったときのバックアップとして、途中にあるキャンプ場に立ち寄って空き状況を確認しながら、琵琶湖の湖西側を北上した。

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2006/08/12

「あいこであめりかよーろっぱ♪」更新

あいこであめりかよーろっぱ♪」を更新しました。2005年に回った各地のできごとを、その49からその58のエピソードとして追加しています。それ以降のエピソードは、このブログの「地域・旅行」のカテゴリーにつなげました。よろしければご覧ください。

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2006/07/03

川嶋教授の「脳トレ」は海外でも人気

0606261 …のようです。

このお店ではNintendo DSソフトの中で一番にランクされていて、二番手以降にも「Nintendogs」など、日本でおなじみのパッケージが。

タイトルは「Dr Kawashima’s Brain Training – How old is your brain?」。ほとんどそのまま。コンテンツは若干違うようで、日本のものには無い数独が付いている模様。

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2006/06/25

イングランド

060625 イギリスでは町のあちこちに、車にイングランドの旗を立てて走っているのを見かける。1本立てているのもあるし、多くは車の両側に2本立てている。

そういえば日本では国旗を立てる習慣はなくなったなぁ。お正月の暴走族くらい?ずいぶん昔は休日になったら玄関に小さな旗を立てている家がたくさんあったんだけど。どこの家にも旗の柄を差す金具が玄関にあったな。

イギリスのスポーツ店で車用の旗を売っているのを発見。2本セットで約300円。意外と安い。旗はボクらがよく知っているイギリス国旗ではなく、その中のイングランドの旗。白地に赤い十字をしている。

一国として本戦に出場するのも大変なのに、日本の約半分しかいない人口を、さらに4つの地域に割って代表を賭けるなんてご苦労なことだ。だけど戦力が4等分されているわけではなさそうだ。人口比で見ると、イギリス全体で約6,000万人に対し、内訳は大まかに下のようになっている。

イングランド     5,000万人
スコットランド      500万人
ウェールズ         300万人
北アイルランド    200万人

ほとんどイングランドじゃないか!

日本で例えたら、本州チーム、北海道チーム、四国チーム、九州チームのようなものかもしれない。それぞれに可能性がないわけでないけれど、圧倒的に本州チームが有利だ。

そのイングランドチームはこれから決勝トーナメント初戦。これからもうしばらくイギリスに滞在するので、応援してみよう。

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2006/06/23

一番日の長い日(ストックホルム)

060623_1 日本対ブラジル戦の試合を見るために、ホテルの部屋にビールとポテトチップスを買い込んで気合を入れてテレビを見たけれど、結果は完敗。選手の皆さんもジーコ監督もお疲れ様でした。彼らにとっては長い4年間の区切りがついたんだなと思うと、感慨深いものがあるな。

1, 2戦で結果が出せなくて、この試合、途中出場したと思ったら6分後には怪我で交代してしまった高原だとか、くやしい思いがあるだろうな。ブラジルは後半途中からあからさまな戦力温存で、ロナウジージョ、カカ、そしてキーパーの人まで交代した。ブラジルにとってはもう上に進めることが決まっていて、そのときのスコアが3-1だったので当然の交代ではあるんだけど、こちら側のやる気も削がれるもんだな。スポーツに限らないけど、データよりも気持ちに左右される割合って随分大きいっていうことだ。

試合が終わったのが夜の11時ごろ。何かいろいろ気持ちの中で巡るものがあって眠る気になれず、外に出てみたらまだ薄明るかった。6/21が夏至で一番日が長いため、いま滞在しているストックホルムでは、写真のように撮影した夜の11時半近くでもまだ空が明るい。白夜はもう少し緯度の高いところだそうだけど、それでもここも朝は3時半ぐらいに日が昇るそうだ。

結局W杯日本戦3試合をそれぞれアメリカ、イギリス、スウェーデンと、異なった国で見たことになる。第2戦のクロアチア戦は中途半端に引き分けたので、次のブラジル対オーストラリアの試合も気になって、日曜日だったのもあって、アホみたいに2試合も続けてみてしまった(5時間!)。

というわけで今回は、約2年越しの念願かなってストックホルム市街に滞在できたというのに、ちょっぴりほろ苦ーい感じだ。

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2006/06/17

パット・ベネター

060617 昨年のヒューイ・ルイス&ザ・ニュースのライブに続き、今年もイベント関係でパット・ベネターのライブに行ってきた。(パット・ベネターとは→

80年代前半に活躍したシンガーで、代表曲「ハートブレイカー」で有名なんだけど、ボクもんなに詳しいわけではない。もしかしたらその当時から20年ぶりぐらいに名前を聞いたかもという程度。

じゃなんで覚えていたかというと、大ファンだった(今でも応援しています)浜田麻里ちゃんが、初期の頃パット・ベネター路線を志向していたからのような気がする。その当時はよく分かっていなかったけれど、今考えると、美形なのにパンチのある歌声というところが共通点だったんだろうな。パットがコピーしていた「ヘルタースケルター」を麻里ちゃんも自分のアルバムに入れている。

今パットは、旦那さんであるギタリストのニール・ジェラルドと一緒にツアーを回っている。バンドはそれにドラムとベースを加えたシンプルな4人構成。やっぱりハードなギターサウンドはいいなー。

そろそろこの頃のサウンドがリバイバルで流行ったりしないだろうか。そういえば、麻里ちゃんのバックバンド(ゼウス)のリードギターは現在B’zの松本孝弘だった。当時の血はB’zを通して今の若い人たちの耳にも確実に受け継がれているのだ!(強引?)

パット・ベネターの懐かしいハードなサウンドを聞きながら、20数年前に想いをはせてしまった。

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2006/06/02

サントリー山崎蒸留所2

060506_1444 次の工程に進むと、そこは蒸留している工程で、濃いウイスキーの香りが充満していた。途中ですれ違った別のグループの中に顔が真っ赤の人がいたんだけど、もしかしたらお酒に弱い人で、この匂いに酔っていたのかもしれないな。

この蒸留過程では、蒸留釜の形によって味が異なるそうだ。まっすぐなのはシンプルでストレートな味わい。丸いのは一度そこで対流するので、複雑な味になるのだとか。そこまで考えてウイスキーを飲んだことなかったなぁ。

ウイスキーの原液は、焼酎などと同じ無色透明で、樽の中の熟成過程でウイスキー色になっていくそうだ。話を聞くと「なるほど、そうなんだろうな」と思うけど、これもイメージしていなかった。ウイスキーは、原料の麦芽の味だけでなく、樽のオーク材やその燻製具合も味わっているんだな。

味や香りを決めるファクターがたくさんあり、その複雑な組み合わせで無数の個性が現れる。そしてこれが絶対の答えというものがない。若いときには、こうすれば必ずこうなる、万人がほしがる最大公約数、というような単純なものの美しさにばかり目が行きがちだけど、今はウイスキーのブレンディングのような奥の深い世界感の方が魅力的に思える。

そして最後に試飲コーナーへ。ボクは運転者だったのでミネラルウォーターを飲んでいたけれど、うちの奥さんは、「うまい、うまい」と水割りを3杯も飲んでいた。子供たちもお待ちかねのジュースと、そこに用意されていたお菓子をバリバリ食べて大満足の様子だった。

こんなにタダで飲み食いして何か負い目を感じちゃうなと思っているところに、ガイドのお姉さんが、
「またのお越しをお待ちしております!」

すっかりサントリーのファンになってしまった。単純ですけど。

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2006/06/01

サントリー山崎蒸留所

天王山ハイキングの途中、息子が
「ねー、何で歩かなあかんの?」
と素朴な疑問を投げかけてきた。

そこに山があるからとか足腰の鍛錬とか自然とのふれあいとか、どれも彼にとっては抽象的らしく、
「この後ジュースをタダで飲ませてくれるところがあるぞ!」
というのが一番具体的にモチベーションが高まる話だったらしい。
「さっ、登るで!ジュース、ジュース」と途端に張り切りだした。

サントリー山崎蒸留所は、JR大山崎駅から車で5分も掛からない。高級ウイスキー、「山崎」の製造地で知られる(が、高くて買ったことがない(汗))。 工場の敷地内に足を踏み入れると、サントリーが開発したサフィニアなどの花がきれいに咲き誇っていた。受付で申し込むと、工場見学ツアーがタダでできる。サントリーさん、太っ腹!

団体ツアーよろしく、ガイドさんにぞろぞろとついて行きながら、サントリーウイスキーの歴史、製法の説明を受ける。ここが日本で初めてのウイスキー蒸留所だそうだ。子供のころ、「トリイさんが作ったからサントリーっていうんだぞ」と親から教わったことや、そういえば昔は「ウ井スキー」って書いてたよな、なんてことが思い出された。

(続)

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2006/05/27

天王山ハイキング

家の近くにある天王山へ家族でハイキングへ行ってきた。

しばらく花粉が怖くて近づけなかったけど、ようやくその時期を脱したので、そろそろ森の中を歩いてみたいなと思えるようになってきた。森の中に身体を置くと、何だか気持ちが休まるような気がするのは、相当自分の中の「サル度」が高いんだろうな。

天王山って「天下分け目の…」で有名だけど、そんなに大きな山ではない。300mに満たない小高い山なので、初めて登るには手ごろな山だ。JR大山崎駅前の駐車場に車を停めて、踏み切りを渡るとすぐ登り口がある。

出だしから意外と急な坂だったので少したじろぐ。それまでの楽勝気分が吹き飛んだ。


宝積寺

大念寺や宝積寺の境内を通り抜けながらハイキングコースは続いていく。一応登山道はあるものの上り坂はかなりワイルドだ。

途中何カ所か絵巻物風のパネルがあり、この天王山が秀吉にとっていかに大事な分岐点だったか紹介されている。歴史の勉強にはいいけれど、「はいはい、わかりました」って感じだな。既に知っている人や純粋に山登りを楽しみたい人にはちょっと押し付けがましいよ。ま、不要なら見なければいいだけのことだけど。

中腹にはちょっとした広場があり、眺めがすばらしかった。下をのぞくと、桂川、宇治川、木津川が合流して淀川になっているのが見える。

そして約1時間で山頂に到着。何組もここでお弁当を広げていた。うちもここでお弁当タイム。最初は勾配の急さに驚いたけど、着いてみるとそれほど疲れは無く、ほどよい心地よさだ。子供たちもまだまだ元気。

出発前は、他にも片付けてしまいたいことがあるのになぁなんて思いながら気持ち半分だったんだけど、歩いているうちにそんな気分は消えていた。じっとしていて気分を変えるのは難しいけど、とりあえずまず歩くことで気分転換ってできるんだよなぁ。

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2006/04/18

トロンヘイム2

おじさんとはたまたまバスも同じ方向だった。たまたま話しかけてきた東洋人が、思い出の地にゆかりがあったのがおじさんにとっても嬉しかったのかもしれない。やさしそうな目元で話を続けた。

野母崎の海岸はノルウェーの何とかというビーチに雰囲気が似ていて好きなのだそうだ。ノルウェーでは夏が短くてできないけれど、日本ではサーフボードを覚えたなどと懐かしそうに語ってくれた。

その後しばらく東京にも住んだそうだが、ごみごみして暮らしにくく、今でも長崎での暮らしが一番楽しかったと思えるそうだ。確かにトロンヘイムを歩いていると人が少ないように感じる。日本でも田舎に行けば人が少ない感覚は味わえるけれど、ここは大都市の繁華街なのにそれなりの人しかいない、という違いがある。でもそれは流行っていないとか寂しいというのではなく、このくらいって心地いいなっていう感じ。

普段はあまり感じなくても、人が多いだけで神経のある部分か興奮していたり、何かに身構えたりときっとストレスが掛かっているに違いない。ちなみにノルウェーの人口密度はヨーロッパで2番目に低く、1平方キロメートル当たり12人なのだそうだ。日本の336人(最高は東京の5369人、最低は北海道の68人)と比べてもいかに少ないか分かる。

街並みのひとつひとつがすごくかわいらしい感じがする。このおじさんのように全体に穏やかな感じの人が多いのも、そういった町の雰囲気が多分に影響しているんだろうな。

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2006/04/15

トロンヘイム(ノルウェー)

多分ここはボクがこれまで降り立った場所で一番北なんだけど、意外にもトロンヘイムは寒くない。訪れたときは、もう少し気温が低ければきっと雪になっていたに違いない雨が始終シトシト降っていた。

とはいえ、目抜き通りの交差点には、上の写真のようにスケートリンクが出来ていて、その雪のような雨の中を楽しそうに滑っているのを見ると、なるほど雪国らしいなと感じさせた。

バス停でバスを待っていると、なかなか来なかった。少し不安になって隣のおじさんに確認すると、このバス停で問題ないとのことで、ちょっと安心してその後、どこから来たのかというような一般的な会話になった。

そのおじさんは、偶然にもボクの生まれ故郷の長崎に、7年ぐらい住んだことがある人だった。1980年ごろに、造船の関係でノルウェーから家族も含めて50人ほどで暮らしていたそうだ。ノルウェーは伝統的に造船国だったもんな。それが1970年代後期から劇的に衰退し、80年代半ばにはほとんど無くなってしまったという。

長崎では「文京町」に住んでいたとか、夏は「野母崎」の海で泳いだとか、聞き慣れた地名がたくさん出てきて何だか嬉しかった。

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2006/04/12

サンクトペテルブルグって…

ボクは仕事じゃなかったら、多分一生サンクトペテルブルグには興味がなかっただろうなと思っていたけど、意外と日本人の観光客が多いのに驚いた。特にご年配の観光団が多い。いろんなメジャーな観光地は回り尽くして、残るはロシアくらいだという裕福な人たちなのかな。

だけどそればかりではないらしい。出発前にたまたま実家の親と電話で話すことがあって、知らないだろうなと予測しながら、今度、昔レニングラードだったところに行くんだと言ったら、「サンクトペテルブルグだろ?」とスッと返された。機会があったら行ってみたいと思っているんだと。ふーん。

ロシアといっても、サンクトペテルブルグは17世紀まではスウェーデン領で、フィンランド湾に面している。ロシアがこの地に都市を建設してからも、エキゾチックな18世紀のバロック様式の宮殿など、西ヨーロッパ風の街並みは、「ヨーロッパに開かれた窓」と呼ばれていたそうだ。そんなところが人気なのかな。

今のシニア世代は当時のバロック様式やクラシック音楽に文化の薫り高きものを感じる世代なのかもしれない。あるいはある程度の年代になると、落ち着いた大人の雰囲気のものに自然と惹かれるようになるものなのかな。自分が20年後、そうなっているのかどうか楽しみでもある。

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2006/04/07

チャイ

ロシア人は、全般に日本のことはよく知っているみたいで、中でも村上春樹はすごく有名だそうだ。トルストイとかドストエフスキーとか、ボクも中身はともかく名前ぐらいは知っていて、もちろんロシア国内でも誰もが認める大作家だそうだけれども、どれも19世紀の文学で、ここ100年ぐらいの最近の文学者は全く知らない。ソ連時代の情報なんてほとんど遮断されていたもんな。

コーヒーや紅茶はよく飲まれる。ロシアの人が、「世界のどこに行ってもコーヒーと紅茶とホットチョコレートを飲むのって不思議ね」と言っていた。ホットチョコレートは日本ではポピュラーじゃないけれど、たしかにそうだな。

ロシアでは紅茶にジャムやウォッカを入れて飲むそうだ。ロシア語ではチャイと言う。トルコ語でもチャイだったな。きっとチャー(茶)がイギリスや各地に広がる過程で、チャイとかチー、ティなどに変化していったに違いない。

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2006/04/04

ウォッカ

ロシアでは、日本から独り来てくれたというので、すごく喜んでくれて、夜は噂通りウォッカを大量に飲まされた。だいたい15分置きぐらいに、順番に乾杯の音頭が回ってくる。「これからのビジネスに乾杯」とか「「皆の幸福に乾杯」とか、名目はなんでもよくて、何か一言言った後、その都度全員がグラスのウォッカを飲み干さなければならない。

飲んだ後、グラスを逆さに伏せて置き、ふちに付いたお酒がテーブルクロスに染みると、もう一杯だよ、なんて言われる。うーん、アジア文化圏だ。でかいシシトウほどの唐辛子をひたしてあるウォッカもあって、これはかなり強烈な香りと味がする。

でもよく見ていると、みんながみんなガブガブ飲んでいるわけでないようだ。辛そうに飲んでいるロシア人もいたし、半分だけ飲んでいる人や口だけつけている人もいる。飲み干せと言われるのは最初だけで、途中からは何も言われなくなった。最初はビビっていたけど、なんとなくだけどだんだんコツが分かってきた。

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2006/04/01

ロシアの写真

サンクトペテルブルグでの写真を少し。


聖イサーク聖堂。

金色の丸屋根が印象的。ロシアの大聖堂はヨーロッパのものと比べると、寒さ対策で窓やステンドグラスが少ない。戦時中は食糧難のため、この聖堂の前は耕されて野菜畑になっていた。

聖堂の内側は美しい装飾が施され、ドーム部分から外光が差し込むようになっている。電気が無かった当時は、窓が少ない薄暗い室内に天空から照らされる光のように映ったに違いない。


エルミタージュ美術館。

元々は歴代皇帝の宮殿だそうだ。


ネバ川の夜景。

サンクトペテルブルクをつらぬいて流れる。夜景モードで意外にきれいに撮れたので。


中央海軍博物館。

撮影時は図書館か何かかと思っていて、後で調べて博物館だと分かった。かつての商品取引所。


電車はやや旧式。

だけど車は新しいものが意外に多い。運転はどちらかと言うと皆荒い。ホテルへ送迎してくれた運転手は、おじいちゃんだったけれども運転はサーキット気分で、ボクは彼をこっそりシューマッハと呼んでいた。


ペトロパヴロフスク要塞。

写真では小さくて見えにくいけど、ほとりに寒中水泳大会をしている人がいる。アホやろ、君たち!

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2006/03/27

来週はグアム旅行へ行ってきます

今回で5回目になるマイクロネシア地域への旅行。そろそろベテランのリピーターだと自信を持っていいのかもしれないけれど、それにしてはこれまではお決まりのビーチ周囲でしか行動していなかったような気がする。今回は車を借りて、内陸の方にも足を伸ばしてみたい。

以前は子供がまだ小学生だったので、値段の一番安い時期を見計らって行っていたんだけど、中学生にもなると、レジャーだけのために授業を休ませるのは気が引けるようになってきた。夏休み期間はわざわざ海外の常夏の島へ行かなくても京都だけでも十分暑く、結果、卒業旅行シーズンで値段の高い春休みになってしまった。

今年は軽いとはいえ、花粉症持ちのボクはこの時期に海外に逃避できるのはありがたい。よそでも当然花粉は飛んでいるけれど、反応する粉が違うみたい。いつも現地では快適で、日本の空港に戻ってきた途端、くしゃみ連発になる。

職場には3カ月ぐらい前にこの休みの相談した。来週に向けて日程を調整してきたけれど、その期間だけ全く仕事が入らないというのはありえないので、最終的にはある部分は割り切る必要がある。そうしないといつまでも積極的な休息は入れられない。

娘にとっては学校で英語を習うようになってから初めての海外だ。食欲盛んな、まだ花より団子の彼女は、機内食サービスで「ビーフ・オア・チキン?」と聞かれたら「アーンド!」と答えるんだと張り切っている。

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2006/03/18

サンクトペテルブルグ2

歴史的建造物は別にして、空港施設やホテルなど一般の建物はやや殺風景な感じ。ひとつひとつの空間はやたらと広いんだけど、ただの壁と柱に囲まれているだけの印象だ。ボクが貧乏性なので広すぎると落ち着かないのか、あるいは日常生活はシンプルなのがよしとする文化なのか…。ただボクらが日本で日常的に目にするゴテゴテとした街中の広告類はまだ少なく、これはすっきりしていてイイな。

今では往時の美しさを取り戻しつつあるこの都市も、戦時中は悲惨な体験をしたそうだ。ドイツ軍に囲まれ、病気や飢餓で100万人以上の市民が死亡したといわれている。生き残った人も家具を燃やして日々の燃料や暖にしたというギリギリの生活だったらしい。そして解放軍が来て空から大量の食料を投下してくれたときの安堵はすごかったと。

ここのところ、各地で戦争の悲惨さを再認識することが多い。だけど、あまりそういう視点ばかりというのもよくないんだろうな。例えばボクの生まれ故郷の長崎がいつまでも、「長崎=原爆」という紋切り型で捉えられて、それ以上でも以下でもない扱いだったらイヤだもんな。

いかにもロシア、効率が悪いなと思うことも多々あった。ロシアだから空港で荷物が出てこなかったりしてなー、なんて思っていたら案の定出てこなかった。係員にその旨を告げると、係員はボクから荷物タグを取り上げて、どこに行くのかなと思ったらおもむろにターンテーブルの上を探し始めた。いやそれはもう長い時間見ているから(笑)!普通、端末を叩いて荷物の現在位置を確認するだろ。

長い間探してようやく無さそうだと納得した後、別の部屋に連れて行かれて、同じような内容の用紙を何枚も何枚も書かされ、ようやく見つかりしだいホテルまで届けてくれるということになった。

乗り継ぎの時間が短かったので、次の飛行機に積み替えられなかったらしい。そういえばボクは「太陽にほえろ!」ばりに(たとえが古い)乗り継ぎの空港内をダッシュして、何とかロシア行きのゲートに間に合ったもんな。結局ロストした荷物は無事その日の夜にはホテルに到着した。

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2006/03/15

サンクトペテルブルグ(ロシア)

サンクトペテルブルグというより、ボクにはまだ古い呼び名の「レニングラード」の方がなじみがある。ソ連崩壊後、91年に旧称のサンクトぺテルブルグが復活したらしい。都市が建設された18世紀当時にはそのように呼ばれていたそうだ。

意外と蚊が多く、ホテルの部屋にも電子蚊取器が置いてあった。元々湿地帯だったところを干拓して都市を作ったからだそうだ。

ロシアというと、「毛のふさふさした山高い帽子をかぶって、分厚いコートをまとっている口ひげのおじさん」をイメージしていたんだけど、全然ちがった。ビジネスマンはノートパソコン片手に携帯電話で仕事をしているし、割と年配のおばさんでも、丈の短いおしゃれなスカートをはいている。あれで寒くないの?

一緒に仕事をする会社も93年設立と若い会社だ…、と最初思ったけど、ソ連時代は国営企業ばかりだったんだから、どこの会社でもそのくらいの設立ということになるんだな。

ロシアの中でもサンクトペテルブルグは、西ヨーロッパ文化の影響が強く、思ったより違和感が少ないのはそういった要因もあるかもしれない。


スパス・ナ・クラヴィー聖堂。あまり違和感が少なかったと言っても、
この奇抜なデザインは際立っていた。

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2006/03/04

EUの拡大(ハンガリー)

ハンガリーは、2004年5月にEUの拡大で、EUの仲間入りを果たした。これは民主化以来の念願だったらしい。通貨は2007年にユーロに切り替わるそうだ。現在の通貨の単位はフォリント。EU加盟で何か変わったかと聞くと、見ろよ、警察の車だけきれいだろうと冗談めかしく答えていた。政府レベルでは大きな変化だけれども、まだ民衆レベルでその違いを実感することは少ないようだ。

現実問題としてアキ・コミュノテールというEU標準に沿うようなルール作りに苦労しているという話を聞いたことがある。EU内は基本的に自由流通になるので、食品加工や衛生面などで厳密なガイドラインがある。経済的には貧しい東欧諸国ではハードルが高いらしい。

統合による摩擦や軋轢は当然あって、また政治的にもいろいろな駆け引きがあるだろう。大きくなりすぎてほころびが目立つようになるのではないかという懸念はボクも持っている。けれども、それでもひとつの共同体でまとまろうという理念はすばらしいと思う。

それまでのヨーロッパでは、力で近隣の領土を奪い合う歴史だった。世界平和というような大げさな概念でなく、その動機が仮に経済の損得という極めて表層的なレベルだけを見ていたとしても、武力よりも手をつないだ方が、結局はトータルでメリットがあると気がついたのだろうと思う。

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2006/02/24

ブダペスト

ハンガリーのブダペストを訪れた。

ここに来るのは初めてだと言うと、現地の人から必ず、ブダペストはドナウ川の西岸のブダ地区と東岸のペスト地区からなっているという説明を受ける。


「美しき青きドナウ」川。左がブダ地区。

ハンガリー人に関するジョークに、異星人は存在するかという議論で、既に地球に飛来していてハンガリー人として住んでいる、というのがあるらしい。ハンガリーの人は計算に強く、言語体系が西ヨーロッパのものとやや異なっているかららしい。もちろん、孤立言語ではなく、実際には近隣のものと同じルーツらしいけれど。

ブダペストの美しい街並みは、オーストリア・ハンガリー二重帝国時代に整備されたもので、音楽の都、ウィーンとよく似ていると言われているそうだ。


20世紀初頭に完成した国会議事堂

しかしよく見ると、その中でところどころに戦争の傷跡が垣間見られる。第二次大戦での崩壊、戦後の共産党支配。それに反発する民衆によるハンガリー動乱(1956年)ではソ連の軍事介入で鎮圧され、多くの死傷者を出した。日本が戦後復興の道を着実に歩んでいるときに、東欧諸国では時代に翻弄されてきたんだよな。

1989年以降、東欧の社会主義諸国では次々と共産党政権が崩壊していき、ハンガリーも民主化の道をたどりだした。タクシーの運転手に聞くと、それまでは自動車なんてそんなに見ることはなかったとのこと。今ではご覧の通りと、路駐などで道路にあふれている車を指差した。Suzukiなど日本車も多く見かけた。


路面電車はやや(かなり?)古臭い

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2006/02/18

ユダヤ人犠牲者慰霊碑3

大量殺りくのほとんどが東欧、旧ソ連に集中していた。いずれも日本に住むボクらにとって比較的情報の少ない地域だ。アフリカ大陸にもオレンジの点がある。本などで情報として聞きかじって、知っているつもりでいることよりも、実際にはもっと大変な事態が繰り広げられていたんだろうな。

こうやって観客のような態度で見ているボクだって、ちょっと違ってこの時代に生まれていたら当事者になっていたかもしれない。人間は赤ちゃんとして生まれてくるときに、その時代と場所を指定することはできないから。

スピリチュアルな観点から言うと、生まれる前の魂の段階で、実は時代と場所と両親を選択して生まれてくるそうだけれど、いずれにしてもほんの100年にも満たない前に、少し異なる場所で生まれただけで、まるで違う人生を背負うことになる。

歴史の流れとして見ても、戦後、これらユダヤ人排斥の反省から、イスラエルの建国という動きになり、それが中東戦争を引き起こし、さらに今のイラクとアメリカの対立にもつながってくる。教科書の中の話ではなく、今の自分につながっているんだよな。

そんな少し長い時間軸の中でもう一度自分を振り返ってみよう。今この時代、この場所に生まれ育つことの立ち位置を再確認しながら。

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2006/02/14

ユダヤ人犠牲者慰霊碑2

背の高いブロックにさえぎられてそれまでは見えなかったけれど、しばらくすると、ちょうど反対側に人の列を見つけた。

この列は地下につながる階段に伸びており、この地下が実は展示室になっていた。そこには戦時中の大量殺りくの生々しい記録が大量に展示されている。後から調べるとウェブで展示室のパンフレットを日本語でも読むことができる。

この記念碑は、普遍的な世界平和へのアイコンとするために、文字などを使わず、それぞれの立場でそれぞれに感じてほしいため、あえてシンプルすぎるほどのデザインにしたようだ。確かに文字にすると、書き手側の思惑が反映されてしまう。

500~600万人のユダヤ人がこの時期に殺害されている。情報としては分かるけれど、およそ想像するのが難しい数値だ。ボクたちは断片の情報しか知らないんだなということがなによりショックだった。

ホロコーストの象徴としてアウシュビッツという単語はよく知っていて、事実、殺害されたユダヤ人の約3分の1がこのポーランドの施設で犠牲になっているんだけど、実際にはそこだけではなく、下のパネルのように、ヨーロッパの各地で大量殺りくが行われている。

オレンジの点がホロコーストの行われた場所。

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2006/02/10

ユダヤ人犠牲者慰霊碑1 (ベルリン)

ベルリンのブランデンブルグ門の隣にユダヤ人犠牲者慰霊碑というのがある。正式には「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」というらしい。2005年から一般公開を始めたこのエリアは、一見しただけでは何なのかさっぱりわからない。

高さの違う四角いブロックの集まりで、特に文字が書かれているわけではない。棺のようにも見えるけれど、高さの低いところでは皆思い思いに腰掛けたりしている。また深いところは人の背よりも高くそびえている。

隣のブランデンブルグ門は、東西ドイツ統一の象徴としてあまりに有名だけど、こちらの石群は一体何なのだろうと頭を抱えてしまった。ガイド付きのツアーなら手取り足取り説明してくれるのだろうけど…。こんな「一等地」にあるわけだし、何かメッセージがあるはずだと歩き回ってみた。

隣にあるブランデンブルグ門。記念碑はこのすぐ横にある。

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