« ユダヤ人犠牲者慰霊碑3 | トップページ | EUの拡大(ハンガリー) »

2006/02/24

ブダペスト

ハンガリーのブダペストを訪れた。

ここに来るのは初めてだと言うと、現地の人から必ず、ブダペストはドナウ川の西岸のブダ地区と東岸のペスト地区からなっているという説明を受ける。


「美しき青きドナウ」川。左がブダ地区。

ハンガリー人に関するジョークに、異星人は存在するかという議論で、既に地球に飛来していてハンガリー人として住んでいる、というのがあるらしい。ハンガリーの人は計算に強く、言語体系が西ヨーロッパのものとやや異なっているかららしい。もちろん、孤立言語ではなく、実際には近隣のものと同じルーツらしいけれど。

ブダペストの美しい街並みは、オーストリア・ハンガリー二重帝国時代に整備されたもので、音楽の都、ウィーンとよく似ていると言われているそうだ。


20世紀初頭に完成した国会議事堂

しかしよく見ると、その中でところどころに戦争の傷跡が垣間見られる。第二次大戦での崩壊、戦後の共産党支配。それに反発する民衆によるハンガリー動乱(1956年)ではソ連の軍事介入で鎮圧され、多くの死傷者を出した。日本が戦後復興の道を着実に歩んでいるときに、東欧諸国では時代に翻弄されてきたんだよな。

1989年以降、東欧の社会主義諸国では次々と共産党政権が崩壊していき、ハンガリーも民主化の道をたどりだした。タクシーの運転手に聞くと、それまでは自動車なんてそんなに見ることはなかったとのこと。今ではご覧の通りと、路駐などで道路にあふれている車を指差した。Suzukiなど日本車も多く見かけた。


路面電車はやや(かなり?)古臭い

|

« ユダヤ人犠牲者慰霊碑3 | トップページ | EUの拡大(ハンガリー) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/1742/8817327

この記事へのトラックバック一覧です: ブダペスト:

« ユダヤ人犠牲者慰霊碑3 | トップページ | EUの拡大(ハンガリー) »