2012/04/12

オランダ到着

3月は忙しかったな。

第1週にオランダへ家探しに行ったのから始まって、東京で1週間研修、家族旅行でプーケット島へ5日間、お墓参りのために帰省。

その合間にフルマラソンを走り、不動産屋と交渉して、訳のわからない必要だと言われる書類をたくさん書いて、息子は高校受験が終わって、入学する学校が決まった。

気持ちが急いて、家族旅行に時間を割くなんて気分ではなかったんだけど、息子が中学を卒業したら行こうと決めていたので、結局行く「羽目に」(笑)。でも行って良かった。すごくいい気分転換になったし、赴任前に家族と十分な時間を過ごすことができた。タイはなかなかいい所だな。

そして今オランダに到着したところ。明日役場へ出掛けて、労働許可、居住許可の手続き、銀行口座の開設など。当面乗るレンタカーも借りなくては。

その翌日は、午前中に不動産屋から鍵をもらって入居、昼から出勤。週末に家の中をチェックして生活立ち上げだ。といっても、先週末に出した引越し荷物はまだ届いていないので、あと1週間くらいは、持ってきたキャリーバッグの荷物で過ごさなくてはならない。

何とか生活が落ち着くのは、月末くらいかな。そこでホッコリなってしまって、いわゆる五月病みたいにならないように気をつけよう。やらないといけないこと、覚えないといけないことは山ほどあるけれど、少しずつ、少しずつ。身体あっての仕事であり生活だ。

違いを楽しんで、コスモポリタンになろう。

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2012/03/11

京都マラソン完走!

……しました!

グロスタイムで4時間28分台。初マラソン、完走できたとしても5時間半は掛かるだろうなと覚悟していたら、4時間半だったので大満足です。

前半、なかなか団子状態が解けず、ペースを上げられなかったけれども、結果的にはこれがよかった。後半でタイムが落ちなかったし、ラストスパートでもしようかと思えるほど余力を残していた。

20歳代前半で、30kmを走りきれなかったのに、40歳代半ばでフルマラソンを走れるようになるなんて、なんかいいな(笑)。

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2012/03/10

京都マラソン前日

いよいよ明日かぁ。

ゼッケンをシャツに貼ってこれで準備完了。後はもう寝るだけ。

目標は制限時間の6時間以内に「完走!」すること。

今、ふくらはぎに難があるので、それがピキッと来たらそこで中断。あまり無理をせず、この場合は素直に棄権します。

では明日は楽しんできまーす。

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2012/02/26

京都マラソンまで2週間

再来週の日曜日はもう、京都マラソンなんだなぁ。

と、東京マラソンの中継を見て思い出した(笑)。風邪のために結局3週間、練習ができなかった。ようやく再開したところ。

懸念が更に2つ。ひとつは走ると右の膝の下側が痛くなること。大腿部の筋肉不足と運動前のストレッチが足りていないかららしい。

もうひとつは、ふくらはぎの下なのかアキレス腱の上なのかが、走っている途中でピキッと痛くなり、リタイアする練習が何回か続いたこと。直前まで気配もないのに突然痛くなる感じ。色々試してみて、ゆっくり走る分においては、痛まないことが分かった。

それよりも何よりも、4月から転勤という意識が常にどこかにあり、走ることに思いが向きにくいという状況がきっとあるに違いない。先週金曜日は休みを取って、健康診断と予防接種、国際運転免許取得をしてきた。あさってからは、1週間ヨーロッパに出張。

その意味では、風邪でのブランクはある程度いい休養になったのかもしれない。無理の無いように、うまく体調と日程をやりくりしていこう。

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2012/02/19

ヨーロッパに海外赴任

......という内示を受けた。ありがたいお話。20年来の希望がようやく叶ったようで、ホッとしたというのが、今の正直な気持ち。

4月からはオランダを拠点にして、これまで同様、ヨーロッパ全体と、ロシア、トルコ、中東をカバーするとのこと。ミッションは多少変わるけれど、扱う製品とエリアは今と変わらないので、その点はやりやすい。

こちらではずっと書いてきたように、機会があれば是非、海外で力を試してみたいと思ってやってきた。ここ10年くらいは、出張ベースで年間100日くらいは現地と行ったり来たりしていたものの、現地に「住んだ」経験は無い。これからは更により深く、現地と関われるようになるに違いない。

海外への関心は、会社に入った頃から持っていた。海外に工場があり、先輩方が行かれていたので、いつか自分も、と思っていた。ただその時分は、志はあるものの、力はまだ及んでおらず、一般の若者が持つような、そういったものへのあこがれの気持ちが多少混じっていたように思う。少年野球の選手がプロ野球に憧れるのに似たような。

具体的に海外を意識するようになったのは、95年から約3年間、シリコンバレーの企業と仕事をしてからだと思う。なんと言うのか、彼らの仕事に対する「活気」のようなものを感じたこと、それから自分が設計したものを、自分で持ち込み、自分の言葉でその魅力を説明して、そのフィードバックをダイレクトにもらえる。そして必要あらばすぐに設計に反映できる、そんな「ダイナミズム」。

このときには、まだまだ端くれではあるけれど十分にやっていける、上の例で言えば、プロ野球選手の一員としてやっていけるという自信がついていた。よし、これからは真剣にこの路線で頑張ってみようと思っていた。

そんな思いとは裏腹に、以降は、突然別の部署に移動になったり、なかなか海外関連の仕事につけなかったりして、苦しんだ時期があったけれど、ずっと希望は出し続けていた。30歳前後だった若者が、今は40代半ばのオジさん(笑)になって、時間が掛かったなぁという思いはあるものの、ようやく現実になった。「嬉しいっ」でもなく、「大変だぁ」でもなく、「ホッとした」というのはそういう気持ち。

出発前までに何をしないといけないのか、まだあまりピンと来ていない。しばらくはバタバタするんだろうなぁ。

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